淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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In the long run, we are all dead

粘液姫

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粘液姫

 彼女の傷口から、どろりとした血の混じった粘液がとめどなく流れ出し、彼女の周りを覆っていく。それらはゆっくりと固まって、茶褐色の瘡蓋めいた壁を持つ迷路となって平地を埋めてどこまでも広がってゆく。何人もの男が、迷路の中で息絶えた。こうして魔女の予言にあった百年の時が過ぎた。

 私は、山を一つ越えた村に生まれ、山の頂からその迷路をただぼうっと眺めることを楽しみに育った。何人もの男が、わたしの村で案内を請い、村人は無謀な勇者たちを迷路の入り口まで送って、帰りを待たずに踵を返した。この百年、誰も帰ってきたものはいなかったからだ。私も、成人を済ました年に、初めてそんな旅人の一人を送った。私は、遠くから眺めていただけだった、その迷路の入り口に始めて立った。村への帰路の途中で、私は生まれて初めて、村の掟を破ることに決めたのだった。

 内側からどろどろの粘液をじくじくと染み出させている歪な壁は、表面だけ固まった溶岩のようだ。私は出来る限りそれに触らないように、道を進んだ。すぐに私が案内した男が、せり出してきた壁に押しつぶされて死んでいるのが見えた。この壁は生きているのだ。私が引き返そうとすると、突然壁が引っ込んで道が開かれた。不思議に思いながらも前に進むと、道を塞いでいた瘡蓋の茨が鎧兜に包まれた骸骨を引っ掛けたまま、次々と後ろへ引いていく。まるで、干潮とともに、海の真中に一本道が現れるようだ。私は、道を歩いているというより、道に歩かされているように、前に進み続けた。

 そのころ、粘液の姫も懸命に道を進んでいたのだ。百年の孤独の末に彼女は、ある日気付いたのだ。ベッドルームの壁も床も天井も、窓の外に茫洋と広がる単調な迷路の風景も、すべて自分だと言うことに。どこを探しても、自分以外のものがないことに。彼女は蛹の中の惰眠から抜け出して、自らが張り巡らした迷路をさまよい出す。まるで自分の内臓の中のように蠢く壁を掻き分けながら、必死に外を目指す。自分以外のものを探しに。

 そして彼女は私を見つけたのだ。彼女は私を抱きしめた。百年ぶりに出会った他人として。自分を自分と言う迷路から助け出してくれる糸口として。

 しかし私は彼女の腕の中で溶けていく。潰れていく。流れ出してしまう。私も、彼女の夢と同じ材料、つまり彼女の粘液で出来ていたのだ。迷路は迷路の外まで続いていたのだ。私の村も、山々も空も海も、彼女に呪いを掛けた魔女も、この世界はすべて傷口から流れ出した血の混じった白い粘液から作り出されたものだったのだ。

 彼女はただ、普通のことをしようとしたまでだ。ドアを開けて外に行き、自分でないものを見つけて、それを愛そうとしただけだ。しかし、あなたが画面から目を離し、窓を開けて、茫洋と広がる迷路を眺めるときに気付かざるをえないように、この世界にあなた以外の人なんていない。迷路の壁を作るコンクリートの本当の材料をあなたは知っているのか。迷路の道を固めるアスファルトが誰の瘡蓋なのか。もしあなたが建築家になりたければ、学ぶべきなのは物理学ではなく、精神分析学であり、あなたの心の外という場所はない。

 逃げ場のないことを悟った彼女の絶望が、彼女が作り上げざるを得なかった世界を崩していく。しかし、どこにも崩れていく先の場所はないので、内側に向かって、つまり彼女に向かって崩れ落ちていく。

 私もまた、彼女に何もしてやれない無力さをかみ締めながら、彼女の腕の中で生暖かい無の中に溶け込んでいくのを感じていた。

解説

童話と性的な精神分析を絡めるというのはすでにやり尽くされた感があるが、一回くらいはちょっと触ってみたいテーマでもある。

最後のパラグラフはJ・G・バラードの傑作『クラッシュ』のイントロダクションに強い影響を受けている。

未だにあの作品について考えなくてはいけないことが無数にあることを感じている。

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