おのぞみな結末
その青年は、銀行員だった。まじめさだけがとりえで、特に才能を発揮することもなく、なんということもなく出勤し帰宅するという毎日だった。
ある日、青年は上役に呼ばれた。
「きみに、たのみたい仕事がある」
「はい、なにをすればいいのでしょう。ご指示どおりにいたします」
ちょっと他人に聞かれたくない内容なので、別室に行って話そう。」
小さな部屋に移る。青年は聞いた。
「なにか、重大な仕事のようですね。」
「いや、やること自体は簡単なのだ。うちのおとくいに、レジャー産業をやっている社がある……」
上役はそれを口にし、青年はうなずいた。
「あ、あの景気のいい……」
「そうだ、その会社が高原地帯に、ホテルとスポーツランドを建設する計画をたてていた。そして、やっと土地買収の契約にこぎつけた」
「けっこうなことですね」
「そんなわけで、支払いのための金を持ってきてくれとの依頼があった」
「小切手でいいのでしょう。銀行に小切手なら、こんな確実なものはありません」
「ところが、そうじゃないんだ。現金を持ってきてくれというんだ。売り手の地主の要求らしい。小切手なるものを信用しない古風なやつなのか、税金対策のためなのか、そこまでは当として立ち入って聞けない」
「いったい、どのくらいの金額なんですか」
「かなりのものだよ……」
上役は数字を口にした。とてつもない大金で、豪勢に一生を遊び暮らすということが、何回もできそうな金額だった。
「大きな取引きですね」
「それを、きみに運んでもらいたいのだ。用意は、できている。いま持ってくる」
上役は部屋を出て、大きく丈夫そうなカバンを二つ、持ってきた。そのふたをあける。中には、高額紙幣の束が、ぎっしりとつまっていた。
青年は目を丸くした。銀行につとめているので、大きな数字はいつも扱っている。また、紙幣だって見なれたものだ。しかし、これだけまとまったのを見るのは、はじめてだった。青年はつぶやいた。
「メロンライスにガムライス……」
「おいおい、わけのわからない変なことをいうなよ。きみなら大丈夫と思って、選んだのだぞ」
「気を静めるための、おまじないの文句なのです。紙幣もこれだけ集めると、壮観ですね。このカバンを、私が運ぶのですか。」
「そうだ。車を利用すれば、四時間ぐらいでいけるだろう」
上役はカバンのカギをかけ、行先を書いた紙片を渡した。
「しかし、このような大金。正直なところ、手がふるえます。」
「そう大げさに考えるなよ。むこうの会社の社員が、車を運転してきて、いま下のガレージにいる。その車に乗ればいいんだ。この件については関係者以外、だれも知らない。だから、途中で襲われるという危険はない。カバンを持ってむこうへ到着すれば、それで終りだ。さあ、たのむよ」
ガレージに行くと、車が待っていた。その運転席の若い男に、上役は青年を紹介した。
「この銀行の、金を運ぶ係です。くれぐれも安全運転をお願いしますよ」
「はい、わかっております」
「これがカバンのカギです」
「はい、たしかに」
その社員に、上役はカバンのカギを渡した。カバンのほうは青年が大事そうに運びこみ、運転席のとなりに乗りこんだ。
「では、いってまいります」
「出発は、もうちょっと待ってくれ……」
と言いおいて、上役はその場をはなれた。青年はそばの社員にあいさつをした。
「なにぶんよろしく」
「こちらこそ。しかし、それにしても大金ですね。事故だけは、おこさないようにしますよ」
緊張ぎみの相手に、青年は言った。
「まったく、気を静めるおまじないでもとなえなければ。メロンライスにガムライス………」
すると、そばの社員がいった。
「あなたはどちらがお好きですか」
「もちろん、ガムライスですよ」
そして二人は一瞬、顔を見つめあった。まず、相手が驚きにみちた声をあげた。
「や、あなたは……」
「そういうあなたも……」
手をにぎりあい、二人はほとんど同時に言った。
「星新一ファンなのですね。」
二人は意気投合して、楽しく、そして無事に大金を送り届けた。