淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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The best way to predict the future is to invent it

皮膚病怖い

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皮膚病怖い

      テンツクテンツクテンテンツクツクツクテンツクツクドンドン

 毎度ばかばかしいお笑いを一丁。

ええ、まあ、人間誰しも何か怖いものがあるものです。俗に言いますのが、へその緒を地面に埋めてですね、その上を一番最初に通ったのが、その人の一生怖いものになるって話ですね。まあ、こりゃ、眉唾物ですがね。何しろ根拠ってものがありません。こういう迷信を信じていますと罰が当たるって、うちのばあちゃんが言ってましたので、わたしゃそういうのは信じません。たとえばライオンが怖いって人は、へその緒の上をライオンが通ったってわけですか?幽霊が怖い人の場合は、幽霊が通ったんですか?高所恐怖症の人のへその緒の上を「高いところ」が通ったとわたしに信じろっていうんですか?

 って、お客さんに怒鳴ったって仕方ありませんな。そういやあ、かの有名な「饅頭怖い」の人もいましたね。さしずめあの人の場合は、俳優のアドルフ・マンジュウ(Adolphe Menjou)が通ったんでしょうね。あっ、でもあの話は確か、結局饅頭は好きだったんでしたっけ。でもですね、皆さん。ここだけの話ですよ。時として、本当に饅頭が怖いことがあるんですよ。この前私がずいぶん前からほったらかしになっていた饅頭に、えいやっとかぶりつこうと思ったら、それがもうこわくてこわくて、ムグ、ムグムグ、もう強くて歯が通らない。はい、皆さんここ笑うところですよ。わたしが、手をおでこの所にこうやってもってきたら皆さん笑ってくださいね。ほんともうたいへんなんですから。

 ええっと、くだらないことばっか言ってても話が進みませんのでそろそろ本題に入りましょうか。

 ここにもまたなんともはや、ひまでひまで仕方のない連中が集まっているらしく、みんなで何か面白いことはないかと話をしておりました。そこへ、外から留吉はひどくあわてた様子で入ってきたんで、みんなこりゃおもしれえことがねぎしょってやって来たにちげえねえと、色めきたちます。

 「おいおい、いったいぜんたいどうしたってんだい。」

 「さ、さっきそこで蛇が藪からにょろろって顔出しやがって、おいらあ食われちまうかと。」

 「なんでえなんでえ、蛇ぐらいで何を大げさな。」

 「てめえ、蛇をなめんなよ。コブラの一種は毒液を相手の目を狙って飛ばすんだぞ。蛇はこわいんだぞ。」

 まあ、小人閑居して不善をなすとも申しまして、人間あんまり暇すぎると脳みそ溶けちまうんですな、くだらないことでつかみ合いのけんかが始まっちまいます。すかさず、その場の兄貴分が止めに入ります。

 「おいおい、お前ら、いい加減にやめねえか。」

 そのとき、兄貴の頭のてっぺんで、ドテピン、とグッドアイディアがひらめく音がしました。

 「おい、そうだ。おたがいの怖いものを言ってくって趣向はどうだい。暇つぶしにはもってこいだぜ。」

 「へえ、そりゃ、おもしろそうだな、、やろうやろう。」

 「じゃあ、まず言いだしっぺの兄貴から。」

 「へへっ、俺か?俺、実は蟻が怖いんだ。」

 「蟻?蟻っていいますと、あの蟻ですかい。」

 「ほかに蟻がありますかい。」

 「いや、たとえばボクサーのアリとか。」

 「馬鹿言ってんじゃねえよ。ありゃ強いかも知れねえが怖くはねえだろ。」

 「パーキンソン病で震えているのが怖いとか。」

 「馬鹿なこと言ってると、いろんな人に怒られちまうじゃねえか。俺が蟻が怖いのはよ、『黒い絨毯』って映画あるだろ、あの映画見て以来俺は蟻が怖くて怖くて。」

 「あの、蟻の大群だけアニメで描いた珍妙な映画ですかい。」

 「珍妙言うな。思ってても言うな。」

 「大量のモハメド・アリが農場を食い荒らす話でも『黒い絨毯』が作れますな。」

 「だからそういうこと言って、苦情が来たらどうするんだ。そういうお前らこそ怖いものは何なんだよ、言ってみな。」

 「あっし、実は、そのう、ええっと、」

 「おい、さっきまでの威勢はどうしたよ。」

 「実は、カタツムリがどうも。」

 「カタツムリなんか。つの出せやり出せ、ってなもんで、かわいいもんじゃねえか。」

 「あの渦巻きをずっと見てると、なんだか目が回るような吸い込まれちまうような、そうその、渦だ渦だ渦巻きだ、渦巻きがこの町を汚染しているぅ、てな気分になっちまうんです。」

 「そんなマニアックなマンガのネタ出されてもなぁ。」

 「俺はですね、あのなめくじがどうも苦手で。」

 「まっ、ナメクジは気持ち悪いからね。」

 「前に本で読んだんですが、あいつらの体の中にはカントンジュウケツセンチュウつうのがいて、ナメクジを食うとそいつが脳みその下のほうにたまって最後には死んじまうって。俺、それを呼んでからナメクジが怖くて怖くて。」

 「あんなもの食うやつがいるのかなあ。」

 ところでそんな風に話が盛り上がっているのに、一人離れて座って、しらけた目で場を見ているやつがいます。そいつに兄貴が話しかけました。

 「おい、松公。お前の怖いものは何だ。」

 そういわれますとその男、斜めに構えてこうボソッとつぶやきます。

 「フン、俺に怖いものなんてないよ。」

 そう言われますと、なんだか今まで盛り上がっていた自分たちがまるで馬鹿に思えてきて、みんなで松公に食って掛かります。

 「おいおい、そりゃないぜ、今まで俺たちゃ、恥ずかしい思いして自分の怖いものを言ってきたのに、お前だけ何だよ。」

 「そうだそうだ、てめえ、本当に怖いものねえのか。たとえば、蛇なんかどうだ。」

 「蛇なんぞ怖いわけあるかい。」

 こうなると松公のほうも、舌に十分な潤滑油が回って俄然調子付いてきます。

 「で、でも蛇には毒があるんだぜ、しかもその毒をピューッて飛ばすんだぜ。怖くねえはずねえだろ。」

 「なに言ってやがんでえ。そんなもんはお口で受け止めてゴクンだ。腹の虫だまらせるのにちょうどいいや。」

 「蟻だろうがモハメドアリだろうが、そんなもの全部食っちまえばいいだろうが。蟻は特に蟻酸出すから胃薬にでもなるだろう。」

 「カタツムリはテメエ、おフランスの高級食材だぞ。捕まえたらチュルチュルスポンだ。ナメクジなんざ三杯酢だ。」

 「わあっ、だから食べちゃだめなんだってば。子供が真似したらどうするんだよ。」

 「この人は何でも食べちまうんだね。」

 みなは一瞬、感心させられそうになりますが、しかしここはみなの兄貴分が負けてはおりませんで、しつこく食い下がります。実は前々から、天邪鬼な松公が気に食わなかったんですな。

 「でもな、お前、いくらなんでも怖いものが一つもねえってことはあるめえ。どんなちっぽけなことでもいいから一つはあるだろう。」

 すると松公、顔を曇らせて、

 「そうだなあ、実は俺、」

 「何だ、ほれ、行ってみやがれ、楽になるから。」

 「俺、実は皮膚病が怖いんだ。」

 みんなそれを聞いて、きょとんとしてしまいました。

 「皮膚病って、つまり病気のことか?」

 「変なもの怖がるなあ。」

 「まあ、怖いっつったら怖いが。」

 すると松公、突然震えだし、

 「俺は、皮膚病が怖くて怖くて、考えるのもいやなんだ。皮膚病のことを考えただけで、皮膚にぽつぽつとジンマシンが、わあ、馬鹿野郎、ジンマシンのことなんか考えたらジンマシンが出るじゃねえか、わあまただ。」

 そして松公は顔色変えて、

 「ちょっくら、隣の部屋で寝させてもらうよ。どうも気分が悪くて、皮膚がむずむずして、かきむしると、血液やらリンパ液やらが滲み出て、って気持ち悪いこと考えさせるんじゃねえよ、またジンマシンが出るって、わあまたジンマシンだ。」

 こうして松公は、隣の部屋に布団敷いて寝込んでしまいました。

 「あいつ、原因と結果を一人で演じながらいっちまいましたよ。」

 そのとき、兄貴のおつむに今日二回目のグッドアイディアがドテピンしました。

 「そうだ、あいつちょっと生意気だから、少し懲らしめてやらねえか。」

 「懲らしめるっていっても兄貴、いったいどうやってです。」

 すると兄貴、懐から中に何かが入ったビンを取り出し、

 「実はここに先日、某所で手に入れた皮膚病の元がある。」

 「皮膚病の元?」

 みなで中を覗き込むと、確かにその中にはなにやら蠢く、口でどう言えばよいものかよくわかりませんが、とにかく、ゾワゾワ、ガサガサ、ニョロニョロ、ジュルジュル、ウネウネ、グネグネ、グニョグニョ、ドロドロ、ゾロゾロ、ワサワサ、としたよくわからないものが入っておりました。

 「これで、どうするんですかい。」

 「これをだな、こういう風にと、」

 兄貴はふすまを少しだけ開けて、ふたを開けたそのビンを松公の所に向けて転がします。するとビンは、布団にぶつかって止まり、ビンの中からは先ほどの、ゾワゾワガサガサニョロニョロジュルジュルウネウネグネグネグニョグニョドロドロゾロゾロワサワサウジュウジュグチユグチユニュラニュラズチャズチャミュロミュロしたものがビンから出て、松公の体を上っていくのが見えました。そしてふすまを閉めて、少し待つと、

 「ギャーーーーーーーーーッ、ひ、皮膚病が皮膚病があ、あひいい、」

 という、けたたましい、人の声とはとても思えぬ悲鳴が隣の部屋からしました。

 「か、かゆいい、かゆいよう、かゆくて死んじまうよお、ジンマシンが、ジンマシンが、全身のあらゆるところ、こんなところやあんなところまで、ひい、あまつさえそんなところにまでジンマシンが、掻けば掻くほどかゆくなり、一度掻き始めたら止められない止まらない、血が出ようが、リンパ液が出ようが、全身がかさぶただらけになって余計かゆくなろうが、もうどうにも止められないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。」

 「へへ、やつ、かなり参ってるようですぜ、そろそろ覗いてみましょうか。」

 「そうだな。」

 そこでみんな、雁首そろえて、ふすまをそうっと開けてみますと、

 「ふひい、水ぶくれが、水ぶくれがあ、水虫が、グチョグチョだったりカサカサだったりする水虫があっ、あっ、あああっ、あん、あああん、はあん、皮膚病、皮膚病が、いい、すごくいい、はは、はははっ、ははははは。」

 と、言いながら、松公が笑うのが見えます。こりゃぁ、おかしい、どうも騙されたらしい、とみなはふすまを開け放ちまして、

 「おい、てめえ、皮膚病が怖いんじゃなかったのか!」

 「へへへ、実は俺は皮膚病が好きで好きでたまらないんでさあ。ああん、この皮膚のうち側から湧き出る半透明の粘液が立てた爪にまとわりつく感覚、この痛みとかゆみと快感が、渾然一体となって脳の奥の部分をしびれさせ、」

 「よくも騙しやがったな、てめえの本当に怖いものは何なんだ。」

 「お、俺はなあ、ほ、本当はな、」

 「何だ、言え、早く言え。」

 「俺は本当は、寄生虫が怖いんだ。」

 「ヒイッ、寄生虫はいやだあっ。」

 と叫んで一人走って逃げてしまいましたが、兄貴のほうはそんなことには目もくれず、

 「寄生虫だな、寄生虫が怖いんだな、ちょっくら出かけてすぐ戻ってくるから、そこで待ってろよ。」

 といって、ぞうり突っかけて、どこかへ走っていっちまいました。落語の中の人たちはここでほんとに待たなけりゃいけないんですけど、私らまで待つことはないので、はい、十分たったことにしましょう。

 十分後。

 「ききききき寄生虫があ!胃に腸にけつの穴に肝臓に皮膚の下に頭ん中に、ぎゃあああああっ。」

 「どうだ、お前の嫌いな寄生虫だぞ、どうだ怖いか、怖いなら怖いって言え、言うんだ。」

 「ああ、動いてる! おっきいのが中で動いてる! 動いてるのを感じるう、感じちゃうう。」

 「兄貴、なんだかこいつ怖いよ、かかわるのやめようぜ。」

 「こいつ、また笑ってるよ、こいつが一番怖いよ。」

 「てめえ、さてはまた騙しやがったな、今度こそ、本当に怖いものを吐かしてやる。」

 「兄貴、もうやめようぜ、なあ、兄貴。」

 「何だと貴様、ここまできて引き下がるのか。こうなりゃ男と男の勝負だ。絶対に引き下がらねえ。」

 「なんだか、兄貴まで変になっちまったよ。」

 「てめえ、根競べなら負けねえぞ。お前の本当に怖いものがわかるまでな。」

 「グチョグチョのヌルヌルで気持ちいいよお、気持ちよくて死んじゃうよお。」

 「お前がほんとの本当に怖いのは何なんだ! イッちまえ! イッちまうんだ!」

 「うへへへ、今度はほんとのこと言ってやるよ。俺が怖いのはな、」

 「ああ、お前が怖いのは、」

 「放射能だ!」

 

 

 ヒュるるるるるるるるううっ、ずどーーーーーーーーーーーんんん

 

 

 「ああ、とうとう江戸が焼け野原に。」

 「おらの家が、おらの家族が。」

 「あのやろう、どこに埋まっちまいやがった。おい、松公、お、いたいた、どうだ怖いか、放射能は怖いだろう、恐ろしいだろう。髪の毛も全部抜けて、顔中ケロイドじゃねえか。放射能の恐ろしさ、思い知ったか。」

 しかし敵もさるもの、松公、焦点の定まらぬ目で空を見上げると、

 「へ、へへ、へへへへへへ。」

 と笑い出してしまいました。その顔は恍惚として、すでに忘我の境地に至り、心は地上を離れ天上の世界に遊んでいるのは、はたから見ても明らかでした。これにはさすがの兄貴も、全身脱力、座り小便して馬鹿になっちまいました。

 「ほほほほ、ほおっほっほっほ、ほっほっほっほ、おほ、おほほ、おほおほおほ、おっほっほっほっほ、おほ、おほ、おほ、ほーーーーほっほっほっほ、ほーーーーーーーーほっほっほ。」

 けたたましい声で兄貴が大笑いしているので、仕方なく留吉が松公に聞きました。

 「なあ、俺たちの負けでいいからさ、お願いだから最後に教えてくれないか。お前、本当は何が怖かったんだ。」

 すると、松公、目をつぶって、

 「俺は本当は、死ぬのが怖かったんだ。」

 どうも、お後がよろしいようで。

 

      テンツクテンツクテンテンツクツクツクテンツクツクドンドン

解説

確か二作目に発表した作品だと思っていたが、当時の記録を見るとどうも違うような気もしてきた。よく分からんが、アイディア自体は浪人時代に思いついていたような気もする。

そもそもは唐沢俊一原作・唐沢なをき作画の『ぞろぞろ』という漫画をよんで、「こんな作品作ってみたいなあ」と書いた小説だ。

「強い」と書いて「こわい」と読み、「食べ物などが硬いこと」を表すなんて、若い人には分からないだろう。

アドルフ・マンジュー云々は、上述の『ぞろぞろ』の受け売りで、そんな古い俳優の出てくる映画、『勝利の朝』くらいしか見てない。

そして『黒い絨毯』はあろうことか見ていない。

適当な奴である。

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