淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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and yes I said yes I will yes

お葬式

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お葬式

 ………そして、死は人生の月神(ルチナ)に他ならず、異教徒すら生きることは死ぬことではないかとの疑ひを発し得た以上、われわれの最長の太陽と雖も天の赤道から直角に沈み、冬期の日周期を描くに過ぎず、従ってわれわれは間もなく闇の中に横たはり、灰となつて光を仰がざるを得ぬ以上、死の弟[注.眠りのこと]が日毎われわれを訪れて死を忘るる勿れと促し、自ら老いてゆく時が永保ちを望むなと命じている以上、永続なぞとは愚かで夢のやうな期待である。………

 サァ・トマス・ブラウン 『HYDRIOTAPHIA』より

 

 

 

 その朝、高橋遊介は平穏無事に目を覚ました。授業のない休日にもかかわらず、太陽の光の差す角度が、仰角60度未満であるのは実に稀有なことであるといってよかった。その日はこんちこれまたお日柄もよく、小鳥は歌い、さかった野良猫は吼え、女子高生の太ももは輝き、川の汚水はよどむのであった。しかし、何のとりえもなく、これまでの人生をまるでカフカの登場人物のごとく可もなく不可もなくすごしてきた、われらが主人公であるところの彼、高橋遊介は、このうららかな一日が、人生最後の日、もとい人生最後の日の次の日になるとはまだ知る由もなかったのであった。

 彼は起きて、まず今日の予定について思いをめぐらしてみた。しかし、いくら考えてみても何の予定も思い出せない。本当に何も思い出せない。これはもしかして、俺は記憶喪失になったのかしらん、とも一瞬考えたが、よく考えたらむしろ、今日の予定が何もないと考えたほうが合理的であることに思い至った。

 (じゃあ、今日は何をしようか。一日ぼうっとしているのも乙なものだが、最近少しヘビーローテーション気味だし、かといって勉強するなんて、せっかく安息日を制定した神様に申し訳が立たない。さて、どうするか。そうだ、久しぶりに石川のところにでも厄介になるか)

 石川というのは彼の友達で、下宿が近いので、よくそいつの部屋にみんなが集まって、くだらない話をしたり、くだらないことをしたり、くだらないことでけんかしたり、したのだが、ついこないだ徹夜でマージャンをしていて、小さな口げんかが、しまいには「お前の彼女の顔、あれは何だ、俺なら河馬と付き合ったほうがまだましだ」というような、その場とはどう考えても関係のない罵り合いに発展してしまい、大家にどしかられて、しばらく自粛していた最中だったのだ。

 (どうせあいつも暇しているだろう。俺が言ったら喜ぶに違いない。いきなり行って、驚かせてやろう)

 しかし、当の石川の部屋の前についてみるとどうも様子がおかしい。何やらどったんばったんぎっこんかったん大騒ぎをしている。何してやがんだろう、とドアノブを回してみると鍵が閉まっていない。玄関のドアを開けて中を覗き込む。すると石川が「くろいねくたい、くろいねくたい」と呪文の用に繰り返しながら、衣服の海を泳いでいる? それとも、衣服の山にトンネルを掘っている? とにかくぶつぶつ言いながら、大量の服と戯れているのだ。こいつ書生風情でやけにたくさん服もってやがんな、しかもペンキをぶちまけた上着やら、びりびりに破れたジーンズやらよくわかんねえ物ばっかり、と思っていたら、とうとう服好きが高じて気が狂ったか、と思ったら、どうやら何か探し物をしているらしい。「くろいねくたい」とは「黒いネクタイ」のことか。よく見ると普段、ベトナム戦争に巻き込まれたヒッピーのような格好をしている石川が、上下黒いスーツのピシッとした格好をしている。玄関には黒い革靴のめったにはいてないようなやつも用意してある。

 (そうかそうか、とうとう真面目な格好をして真面目に暮らすことに決めたか、よいことだ天晴れ天晴れ、でもその格好にネクタイまで黒くしたら少し地味すぎやしないかい、それじゃ、まるで葬式にいくみたいだよ、あれ、もしかして葬式に行くんだろうか、何だ、だったら別に生活態度を改めようってわけじゃなかったのかい、感心して損したよ。でも、葬式にはさすがにちゃんとした格好で行くという常識を、この脳みそのヒューズが飛んじゃった男が持ち合わせていたことを喜ぶべきなんだろうか)

 そんなことを彼は突っ立ったまま考えていたのだが、石川のほうは彼にまったく気がついていない。ようやく、よさそうなネクタイを見つけ、首に巻きながら「あのやろう、何もこんな時に死ななくたっていいだろうに、せっかくの休み台無しにしやがって」と相変わらず、つぶやいている。

 故人に対してひどい言い草だな、と思って

 「おいおい、もうちょっと言い方ってものがあるだろう」

 というと、石川は顔を上げずに

 「いいんだよ、あんなやつ。生きているときもろくなやつじゃなかったから、死んでもろくでもないんだ」

 ん、この言い方は、親族が死んだというわけでもなく、恩師が死んだというわけでもなく、こいつのどこから湧いてきたかわからないような、悪友たちの一人が死んだような言い方だな、と彼は思った。すると、こいつの悪友となると、大体俺の悪友でもあるわけだ。もしそうだとすると、これって随分と水臭い話じゃないか。何で俺のところには連絡が来ないんだよ。いったい誰だ、そんな不人情野郎は。見つけたら、とっちめてやる。しかし、いったい死んだのは誰だろう、久内は死にそうにないし、吾妻かな死ぬとしたら、あいつ根が暗いからな、自殺でもしたかな、などと考えながら、彼は訊ねた。

 「おい、誰が死んだって言うんだい」

 「そりゃ、お前………」

 そのとき石川は、始めてそこに自分以外の人間がいることに気づいたように、遊介の顔を見た。

 「おいおい、お前、こんなところで何してんだよ、葬式行かなくていいのかよ」

 「そんなこといわれたって、何の連絡も受けてないんだもん」

 「連絡受けてないって、お前………お前がいなかったら葬式始まんないじゃねえか!」

 遊介は耳を疑った。

 (俺がいなくちゃ、始まんないって、どういうことだ? 俺が喪主かなんかだって言うのかよ。おいおい、それならなおさら、俺のところに何の連絡もないのはおかしいじゃねえか。こいつ、俺をかついでいるんじゃないだろうか)

 「いったいぜんたい、誰が死んだんだって、訊いているんだよ」

 「お前だよ、お前」

 「ハアッ??」

 「だ〜か〜ら〜、今から俺は、お前の葬式に行くんだよ」

 「おいおい、てめえ、冗談もたいがいにしとけよ、しまいにゃ怒るよ」

 「冗談でこんなかたっくるしいスーツが着れるか! もう時間ないから俺は行くぜ。お前も遅れないようにちゃんとくるんだぜ。ほら、ここだ」

 と言って石川は、紙切れを渡しながら、革靴を履いて、外に出て行ってしまった。遊介は鍵の閉まったドアの前に、葬式の会場の場所を書いた紙を持って、立ち尽くしている。石川が階段を駆け下りる音、そして車の発信音、するとそれだけはさすがに黒くすることができなかった、大学生には分不相応な派手派手スポーツカーが、走っていくのが見えた。

 (あんな格好で出かけたということは、葬式があることは確かなんだろうな。でもどうせ俺には関係がねえや。それにしてもあのやろう、人の死を冗談の種にするなんて許せねえやつだ。大体俺は、人の死をネタにふざけた小説を書いて、笑いをとろうなんて輩が大嫌いなんだ)

 とか何とか耳の痛いことを考えながら、遊介は自分の下宿に戻ろうとする。案内の紙は捨ててしまった。

 すると、突然遊介の携帯電話が鳴った。

 (おや、珍しい、実家からだ。いったいどうしたんだろう)

 と思って、通話ボタンを押すと、

 「うぅぅ……フ、フガガッ……うううぅぅ……グズズズ……ブーーーーッ………」

 (なんだ? ブタか何かでもうなっているのか? 何で実家からブタが電話かけてくるんだ? まさか、家族全員キルケーの手により、ブタにされちまったとか。だからよその家で出された食い物は何が入っているかわからないから食うなといったのに。どうせまた食い意地を張って残らず食べようとして、余った分はタッパに入れて持ち帰ろうとしたりしたに違いない。そんなんだからブタなんかにされちまうんだよ)

 だが、相手はブタではなかった。正真正銘の遊介の母親であった。彼女は泣いていた。鼻にかかった声で、彼女はまくし立てる。

 「この親不孝ものが! 大体お前、そんなことをさせるためにお前を一人暮らしに出したんじゃないよ。一体全体何のためにお前を大学まで入らせたんだい。今までにあたしらの努力が水の泡じゃないかい。ほんとにもう……うううぅっ」

 「ちょちょちょちょっと待ってよ、母さん。僕にはまったく話が見えないんだけど。いったい何の話をしているんだい」

 遊介は、バイトでレジをちょろまかしたのがばれたか、それとも万引きがばれたか、と自分の悪事のリストを大急ぎで頭の中に作りながら、とりあえず事態に対応するための時間稼ぎのセリフを並べていた。ところがどっこい、返ってきた返事は、遊介が予想していたような物のうち、どれでもなかった。

 「何を言ってるんだい、この馬鹿! お前、自分が死んじまったっていうのになにのんきなこと言ってるんだい!」

 「ハァッ? 母さん、大丈夫かい? 何か変なものでも食べた? まさか、南の島に行って、土人の出したもの不用意に食べたりしなかっただろうね」

 「お前ってやつは、生きてるときは生きてる自覚がないと、死んだって死んだ自覚を待てないんだねえ」

 (おいおい、冗談じゃねえぞ、石川といいお袋といい、みんなで俺にドッキリでも仕掛けてるんじゃねえのか。大体死んだ自覚がないなんて、落語の粗忽長屋じゃあるめえし)

 「ところでお前、今どこにいるのかい。自分の葬式だってのに、また出歩いてるのかい。下宿のほうに電話しても出ないから、こっちに電話したんだけど、お迎えが来てるから早く帰りなさいね」

 「お迎え? お迎えって、なんの?」

 「葬儀屋さんのほうのサーヴィスでね、ちょっと追加料金を払うとね、遺体のお迎えまでやってくれるのよ」

 なんのこっちゃ、よう分からんな、と考えながら、携帯電話片手に彼は言われるまでもなく自分の下宿に向けて歩いていた。やっと遠目に、台風が来たら、オズの国まで吹っ飛ばされてしまいそうな――もっとも、あれは竜巻だったが――ボロ下宿が見えてきた。するとその前に、黒ずくめの集団がたむろしていた。ありゃ、何だ。

 「わかった? そのお迎えの人たちにちゃんとついて、会場まで来るんですよ。私もね、死者に鞭打つつもりはないんですから。私が腹を痛めた息子のお前をね、せめてちゃんと送り出したいんだよ。わかったね」

 最後には、また涙声になって切ってしまった。遊介は、なにがなんだかわからなくなって、こういうときはいつもそうする解決方法を取ろうと、つまり寝てしまおうと思って、階段を上がろうとした。すると、先ほどの黒ずくめの一団が近づいてきた。

 「高橋遊介さんですね」

 「はい、そうですが」

 「お迎えにあがりました、ご同行ください」

 はあ、と遊介はため息をついた。体の軸を失ってしまったかのように感じた。これが、お袋の言ってた『お迎え』ってやつか。冗談にしちゃ手が込みすぎてる。まったくわけがわからない。

 「あの、すいません。ちょっと今、疲れてますのでまた今度にしてはいただけませんかね……」

 できるだけ丁寧に言ったつもりだった。しかし、このやけに人数の多いメン・イン・ブラックは顔を見合わせて何か話し始めてしまった。近くで見ると、総勢七人で、どうやら女性が一人いる。全員、黒いスーツのそろい、黒い帽子、黒い革靴、濃いサングラス、黒いネクタイに身を包んでいる。表情は見えない。一人だけ、ぐったりとして、ほかにメンバーの肩に寄りかかったまま、動かないのがいる。何しろ怪しい。こんなところに一かたまりになっていたら、近所の人たちに不審がられるし、また大家に、変なやつらとばかり付き合っているといわれてしまう。この前もメルキアデスとかいう、いんちき商品を売る自称ジプシーを部屋に入れて、そしたらそいつが世界最強の磁石とかで、近所の金物を取り寄せ、電化製品を全部お釈迦にしたせいで、むちゃくちゃ怒られたばかりだ。何とか早くお引取り願わなければ。

 ようやく意見の一致を見たらしく、全員が遊介ののほうに向き直る。

 「わかりました、仕方がありません」

 「わかってくれましたか」

 遊介はほっとした。これでようやく、よくわからない騒ぎから抜け出せる。遊介は階段を上ろうとした。しかし、行く手を阻まれてしまった。

 「われわれの任務は本来、遺体を安全に快適にエスコートすることですが、遺体のほうが反抗する場合は、力ずくの処置も認められているのです」

 黒ずくめの人間たちが、間合いを少しずつ縮めながら自分を囲もうとしているのを感じて、遊介は思わず後ずさりした。

 「い、いったいお前ら、何者なんだ」

 「ふっ、それではお教えしましょう」

 バッ!バッ!バッ!バッ!バッ!バッ!バッ!

 七人の人間がほとんど同時に来ている服を脱ぎ去った。そういう風にできている服をわざわざ来ていたのだろう。ぐったりしていたのだけは、ほかの奴らが脱がせてやった。黒ずくめの格好を脱ぐと同時に、顔全体を包むマスクを頭の上から被る。すると七人全員が、全身を原色のタイツみたいに身にぴったりとした、テレビの戦隊ヒーロー物のようなコスチュームに身を包んで立っている。あのスーツの下にこれを着ていたのか、さぞや暑かっただろうに。

 一人一人がポーズを取って名乗りを上げる。

 「火葬のレッド!」

 全身に火の意匠を施した真っ赤なコスチューム。

 「水葬のブルー」

 こちらは水の青だ。

 「土葬のイエロー」

 黄色というより、黄土色をしている。

 「鳥葬のホワイト」

 腕に鳥の羽のようなものがついている。顔のマスクは骸骨をかたどっているようだ。

 「宇宙葬のブラック」

 黒い下地の上のところどころに星が輝いている。

 「死化粧のピンク」

 手に化粧道具を持っている。

 「そして、死体のパープル」

 これだけは、本人ではなくほかの人間が一斉に叫んだ。紫色のコスチュームに身を包んでいるが、ところどころ露出している本人の肌も、ものすごい紫色になっている。ぐったりしているというより、まったく動く気配がなく、異臭がしてハエがたかっている。

 「七人そろって、葬式戦隊!七人のとむらい!!」

 ジャーーーーーン

 効果音とともに、全員そろってポーズをとる。遊介は、目の前の光景をどう判断したものやら途方にくれている。

 (七人というのも半端な数で、大体最初の五人で終わらせとけばキリがいいじゃないか。そうすれば、葬式の種類だけでそろえられたのに。微妙に仲間はずれな最後の二つをいれたってのは、よっぽど「七人のとむらい」の駄洒落がやりたかったのか。大体俺は駄洒落なんてつまんねえものが好きじゃねえ。駄洒落なんかでふざけた小説を書いて、笑いを取ろうなんて輩が大嫌いなんだ)

 とか何とか、またまた耳の痛いことを考えているのは、そもそも目の前におきていることが理解の許容範囲を超えてしまったがための拒否反応なのだった。しかし、目の前の危機は、そんなことお構いなしに、彼を捕まえようとする。

 「さあ、おとなしくお縄についてもらおうか!」

 レッドがそういうと、七人全員が(パープルはみんなに担ぎ上げられて)遊介に襲い掛かる。遊介はようやく身の危険を感じ、ばね仕掛けのように飛び出し、逃げ出した。

 下宿の横から狭い裏道に駆け込む。広い場所で囲まれたら多勢に無勢でかなわないが、細長い抜け道なら、相手もいっぺんに襲い掛かるわけには行かないだろう、という判断だ。それに、この道を抜ければ交番があることを遊介は知っている。

 (地の利はこっちにあるんだ)

 そうつぶやいて振り返ると、追いかけているのはレッド一人しか見えない。残りはどこへ言ったんだ、と考えていると、後ろからレッドが叫ぶ。

 「フハハハ、我々から逃げられると思うなよ。地獄の底までお迎えに行くことで知られた我らをなめるな」

 地獄の底なら、もうお迎えする必要がないんじゃないかな。

 「くらえ、必殺ヘルファイアアア!!!」

 なんだなんだ? と振り返ると、ひと一人包み込めそうなサイズの火の玉が、目の前にすでに迫っていた。

 「うわぁっ!?」

 遊介はとっさに、頭を抱えて地面に倒れこんで、火の玉をよけた。恐る恐る顔を上げると、火の玉は通り過ぎたが、周りの木やら塀やらに火が燃え移ってパチパチいい始めている。レッドはどうしただろうと後ろを振り返ると、何事かと出てきた主婦に「もしこの火事により死者が出た場合は当社が責任を持って、とむらわさせていただきますので」と名刺を渡しながら、セールストークだ。今がチャンスだ、と走り始め、そこの角を曲がろうとする。しかし立ち上がった途端、何かに足が引っかかって、またも倒れこんでしまう。何かが足を引っ張っている? 見てみるとそれは地面からにょっきりと突き出ている手だ。その横に黄色いマスクが地面から生えた。

 「逃がしはしないぜ、旦那よ」

 両手で足をつかんだ手を引き剥がそうとするが、片手なのにとんでもない力だ。

 「このまま地面に引きずり込んでやろうか?」

 引きずり込まれてたまるか、しかしどうする、と遊介が周りを見ると、手ごろな高さの枝が一本、めらめらと燃え上がっていた。それを熱さを我慢してエイヤッと折ると、イエローのごつい手に押し付ける。

 「あちっ! あちぃっ! てめえ、何しやがる!」

 手は離したものの、地面から這い上がろうとしたので、今度は顔に枝を投げ付けてやり、そのまま逃げ出した。

 「うわっちぃっっ!待て、このやろう。待ちやがれ!」

 誰が待てといわれて待つか! 遊介は、ときどき追っ手はいないか確認しながら走った。どうやらまいたようだし、もうすぐ交番だ。何とか助かったみたいだな。と思ったとき、なにやら大きな影が、上空を通り過ぎたのを感じた。ばさっばさっという羽音も聞こえる。鳥? でも鳥にしちゃ大きすぎる。じゃあ、ロック鳥か? でもどこにも宝石なんか転がってないしな。恐る恐る上を見上げる。するとそこには、スカルマンとガッチャマンを足して2で割ったような姿が、太陽を背にして、空から降りてきていたのだった。

 「この世でもっとも清潔でエコロジカルな葬式は何か分かるかね?」

 民家のベランダの竿竹に鉤爪になった足でつかまると、その男は突然訊いてきた。しかし別に答えてほしかったわけでもないらしく、自分で質問して自分で答えている。

 「それは鳥葬だ!」

 そう断言すると、ホワイトは遊介のほうを反応を伺うように見た。わざわざ、遊介のほうに体の正面を向けず、斜めから流し目に見るようにしてポーズをとっている。両腕を胸の前でクロスして、右手をチャールズ・ブロンソンの『マンダム』のポーズのようにあごに下から当てると、腕についたたっぷりとした羽毛のマントが体全体を包むようになる。明らかに自己陶酔型の独りよがりだ。友達少なそう。足元にご婦人のショーツやブラジャーなどの洗濯物が干してあり、どう考えても格好のいいシチュエーションじゃないのだが、本人はカッコがついていると思っているらしい。

 「それはなぜだか分かるかね?」

 遊介がどう反応してよいのか分からないでいるのに痺れを切らして、ホワイトは質問した。しかしまたもや答えを待たずして自分で答える。

 「教えてやろう。そもそも人間の体でもっともきれいなのは骨なのだ。その周りについている肉など、汚らわしいものでしかない。そして、骨をまったく損なわず、また肉をハゲワシのえさという形でしっかり自然に還元してやる方法、それが鳥葬なのだ!」

 ほかのメンバーが聞いたりしたら怒らないのだろうか。

 「見よ、骨のこの美しき白さを! まるで真珠のようではないか! 人間などという、穢れの塊から、無駄を徹底的に剥ぎ取ったときに現れるこの機能美! もちろん私は時を経た骨が手に入れるあの茶褐色の侘びさびも決して否定はしないのだ。まさに骨に歴史あり。その人間がどういう人間であったかは、骨にすべて現れる。骨はすべてを語るのだ。法医学を見よ! ひとかけらの歯から、その骨が誰のものかが分かることもあるのだ。骨は本質なのだ。貴様も今から、その無様な肉の塊から開放してやろう!!ハーーハッハッハッハ!」

 「何、ひとんちのベランダで笑ってるんだ、あんたは。警察に電話するよ!」

 ガララッ、と引き戸を開けて、立派な体格のおばさんが現れた。手には家事の途中だったのか包丁を持っている。先ほどの下着類はこの方のものだろう。後ろから突然奇襲を受けたホワイトは、一瞬バランスを失ったが、すぐに体勢を立て直し、先ほどとは打って変わった口調で答えた。

 「あっ、すいません。すぐに終わらせますので。どうも、ご迷惑をおかけします。それじゃあ、そろそろ始めようではないか、って、あいつどこへ行きやがった? まさか、逃げやがったな!」

 逃げた何も、演説の途中で遊介はすでにいなくなっていた。話すのに夢中で気がつかなかったのだ。こういう一度語り始めるととまらないタイプは、周りからすると実に迷惑で、しかも本人はそれに気づいていなくて、あまっさえ自分のはなしをみんなはおもしろがっていると考えていたりするのだ。飲みに言ったりなんかすると、一人でえらい早口でよく分からないことをまくし立てたりするが、そもそも論理も文構造も酒が入ってむちゃくちゃになっているため、はなから理解ができるようになっていない事もある。ところで先ほど『あまっさえ』という言葉を使ったが、これは『あまつさえ』という言葉の正しい形です。本来は『あまりさえ』という言葉の『り』が促音便になったものなので、『っ』で発音するべきところを、昔は文字の大きい小さいの違いが表記されなかったため、いつしか勘違いされ、間違ったまま定着してしまったのです。ただし辞書なんかでは、いまだに正しい表記でしか見出しがついていないこともありますので注意です。と、ことほどさように本筋と関係のないトリビアルなくそ知識をひけらかそうとするやつというのは迷惑なのであります。

 閑話休題

 追っ手から命からがら逃れた遊介は、交番に逃げ込んでいた。中には、駐在の警察官が一人いた。

 「た、助けてください。追われてるんです!」

 「落ち着いてください。いったいどうしたんですか」

 その警察官はとりあえず遊介をいすに座らせて、水を一杯飲ませた。

 「ほ、ほ、ほ、保護してほしいんです。なんだか知らんが七人のとむらいかなんかよくわからないやつらが突然お迎えにきたとかそういうことをいい始めたかと思ったら突然力ずくでとかいい始めてバッてスーツを脱いだら七色のバトルスーツが……………」

 「まあまあ、落ち着いてくださいって。最初から順を追って説明してくださいよ」

 こっちは緊急事態だってのに、ずいぶん冷静な対応だな、まさか疑ってるんじゃねえだろうな、と考えながら遊介は、これまでの経緯を一気呵成に話した。それをここに書き込むと今までの文章をほぼ全部書かなきゃいけないため省略する。(注. 完成してから読み直したら、このギャグもう一回使ってて、ちょっと恥ずかしいけど、自らを反面教師にするためにそのままにしておく)

 「つまり、かくかくしかじかなんですよ」

 「はあ、なるほど、まるまるうまうまなんですね」

 これでいいでしょ。

 「わかりました。少し役所のほうに問い合わせてみましょう」

 役所? 何で役所に? と遊介は思ったが、とりあえずは黙ってみていた。警官はなんだか電話の向こう側の人物に質問している。

 「はぁ、そうですか。わかりました。はい、お手数かけまして、ほんと、ありがとうございました。えっ? いや、いえいえ、こちらこそ。はい、まったくお互い様ですよ。いやぁ、ほんとあの人は元気の塊みたいなものですから。元気の国から元気を広めに来た元気の王子様ですから、ハッハッハ」

 なんだか途中から、明らかに当面の事態とは関係のない世間話になったような気がするが、遊介は、ここはじっと我慢の子、きっとあれでも俺の安全に関しての会話なんだろうと思い込むことにした。多分その元気の国から元気を広めに来た元気の王子様とやらが俺を警護してくれるのだろう。実に心強いではないか。

 「はい、本当にありがとうございました。助かりましたよ。最近こういうのが多くてねぇ」

 最近何が多いって? なんだかやっぱりおかしいな、どうもこいつ俺のこと信用してねえぞ。なにがまるまるうまうまだ! わかったような振りしやがって。結局なんで役所なんかに電話をしてるんだ。と、だんだん遊介もいらいらしてきた。だいたい、こんなところにぐずぐずしていたら、いつ奴らに見つかるか、わかったものじゃない。

 そうこう遊介が考えているうちに、どうやらこうやら電話のほうも終わりそうな気配になってきた。

 「わかりました。それではどうもありがとうございました。またよろしくお願いします。いえいえこちらこそ。それではさようなら」

 するとその警察官は遊介のほうに向き直って、

 「あなたの死亡届が出ているらしいんですよね」

 とこともなげに言い放った。

 「ハァッ??!」

 まったく驚いてばかりいる日だ。

 「ちょちょちょちょっと待って。それってどういう意味?」

 「どういう意味って、役所のほうにあなたの死亡届が出てるんですよ。さっき確認しましたよ」

 「そういうことではなくて、死亡届が出てるからどうだって言うんですか」

 「わかりませんかね。死亡届が出てるということは、あなたはすでに死んでいるということですよ」

 「するとどうなるのですか」

 「警察は生きている人を保護することはできても、死んでいる人を保護することはできません」

 「そそそそれは話がおかしいですよ」

 「何がおかしいのですか」

 「死んだから死亡届が出るってのなら認めるけど、死亡届が出ているから死んでいる、というのは必ずしもいえないんじゃないか」

 「そんなことはないです。死んだ人には死亡届を出すということは、死んでない人には死亡届を出さないということです。その対偶をとれば、死亡届が出ている人は死んだ人であることになります」

 「だけど、死んでないのに、死亡届が出るケースだってあるかもしれないじゃん」

 「ありえません。そもそも死んでいることの定義は死亡届が出ていることだと考えてもいいですよ。死んだ人に死亡届を出すのではなく、死亡届が出たからその人は死んでいるのです」

 「でも」

 「でももストもサボタージュもないのです」

 「だって」

 「だってもダンテも神曲もないのです」

 「けど」

 「けども佐渡もマゾもネクロフィリアもないったらないのです」

 「じゃ、じゃあ、俺をいったいどうするって言うんだよ」

 「餅は餅屋、死体は葬儀屋に任せます」

 「あっ、それはいや」

 「なぜです。死人がつべこべ贅沢を言わないことです。それともあなたは、死人の人権でも主張しようってわけですか? 死人にも生きる権利があるとでも?」

 「でもそれは俺を殺すってことだぞ」

 「死人を殺すことはできませんが?」

 「だから、もし俺が何かの手違いで本当に生きてたらどうするんだよ」

 「あなたが生きていることをあなたはどうやって証明するのです」

 「だから、お前の目の前で立派に生きてるじゃないか。お前、役所の資料と自分の目ん玉、どっちを信用するんだよ」

 「まあまあ、落ち着いてくださいよ。たとえばですね、あなたの目の前に現に生きているにもかかわらず、自分のことを死んでいると主張している人がいたとしますよ。あなたは、その人の言うことを信じます?」

 「信じられるわけがないじゃないか」

 「そうでしょう? それと同じですよ。現に死んでいる人が目の前でいくら自分が生きていると主張したって、信じられるわけがないんですよ」

 「ちょっと待て! いったいどこに現に死んでいながら自分は生きていると主張する死体があるんだよ」

 「ここにあるじゃないですか」

 「おまえなぁ!」

 どうもお久しぶり、地の文です。そのときだった、二人が話している横の窓から指していた日の光が、すっと翳ったのは。警察官のほうは、太陽が雲に隠れたとでも考えてか、別にどうとも思っていないようだったが、遊介はなにやらいやな予感がして、窓の向こう側をのぞこうとした。すると、なにかひと一人分ぐらいの大きさの塊がこちらに向けて跳んできていた。それも道理、それはもともとは人だったものである。

                ぐゎっちゃーーーーーん

 紫色のコスチュームに身を包まれた(身を包んだ、ではなく)肉の塊が、ガラス窓を突き破って、交番の中に飛び込んできた。二人はその衝撃で床に弾き飛ばされた。

 「ぎゃーーー! 死体が、死体がーーーーーっ!!?」

 パープルはマスクがびろーーーんとめくれあがってしまい、白目をむいた眼球と垂れ下がった舌、紫色の皮膚など、できることならそれから目をそらして生きていたいものがいないいないばあしてしまっており、それをちょうど目と鼻の先に見てしまった警察官は、大小便のカクテルを下着の中でシェイクしながら大層取り乱した。どうです、久しぶりの出番なのでがんばってみた地の文ですが、もしかして邪魔ですか?

 パープルの後からはレッドとイエローが破れた窓から顔を覗かせた。レッドが中に入ってきながらいった。

 「見たか! これが何をしてもまったく痛さを感じない、というパープルの体質を利用した必殺技、死体アタックだ!!」

 「くそう、もうしつこいぞ」

 遊介は、横で気絶してしまった警察官の腰からピストルを抜き取ると、レッドに向けて撃った。

 パン パン パン

 「なんの、これしき!」

 レッドはパープルの体を盾にして、弾をよけた。

 「これがピストルの弾があたってもぜんぜん痛さを感じないというパープルの体質を利用した防御技、死体バリアだ!!」

 「よっしゃ、次の技に行くぞ」

 今度はイエローが入ってきてそう言う。するとイエローはパープルの足をつかんで、ハンマー投げのようにぐるぐると回し始めた。

 「これがパープルの体ががちこちに固まっていることと、俺の怪力を利用した必殺技、死体スウィングだ!!」

 イエローは遊介の頭を狙って、思い切り横になぎ払った。

                ぶゎぅぅーーーーーーーん

 「うわぁっ!」

                がらがっしゃーーーーーん

 パープルの体は、とっさにしゃがんだ遊介の頭上すれすれを通り過ぎ、そのまま横に立っていたレッドの激突した。イエローが手を離してしまったため、レッドはパープルと一緒に壁際の机を巻き込みながら、壁にたたきつけられてしまった。

 「痛えな、ちゃんと狙えよ、イエロー。ん、あっ!!」

 レッドが妙な声を立てたので、遊介がそちらを向くと床に何か人の頭ぐらいの丸い物が転がっていた。それも道理、それはもともと人の頭だったものである。衝撃で取れちゃったのである。

 「貴様〜、よくもパープルを!」

 レッドが遊介を怒りの目で見る。

 「おいおい、俺は何にもしてねえし、だいたいそいつ初めっから死んでたじゃん」

 「なんだと〜。今の聞いたかイエロー。大切な仲間への侮辱、許せん! 食らえ、首が取れてもどうってことのないパープルならではの必殺技、生首シュート!!」

 そう言うとレッドは、パープルの首をつかんで遊介に向かって投げつけた。

 「首が取れてもどうってことないんだったら、どうってことねえじゃねえか!」

 遊介は、首を受け止めて投げ返した。首はレッドの横の壁に当たって、ころころと床に転がった。

 「その技は、生首シュート返し!? なぜ貴様がその技を!?」

 「何が技だ、くそ阿呆! ただ生首投げてるだけじゃねえか!」

 「くそう、イエロー、そいつを取り押さえろ!」

 イエローが、遊介に近づこうとする。遊介が再び銃を構えようとすると、イエローは手のひらから細かい砂を出し、それを遊介の顔にぶちまけた。

 「あっ、くそっ、卑怯だぞ」

 パン パン パン

 目潰しを食らった遊介は、銃をめくら撃ちしたが、もちろんあたるはずがない。弾数も尽きてしまった。

 「ハハハ、卑怯もらっきょもあるかい!」

 しかし、その銃声は気絶していた警察官を起こしてしまった。

 「くっ………き、君らはここでいったい何をしてい………ぎ、ぎやーーーーーーーーーーーーっっっ!!!?」

 なんとご都合主義的なことか、先ほどの生首が転がっていたのはちょうど警察官の鼻先だったのだ。警察官は再び、正気を失ってしまった。

 「首がぁ、首がぁ、こわいよお、こわいよお」

 そう叫びながら、警察官はイエローに後ろから抱きついた。

 「お母たんおせえて、ぼく、どおして生まれてきたの??」

 「こら、お前、何するんだ。なんだお前、ズボンが濡れてるじゃねえか!? わあ、しかも臭えぞ!」

 「おい、イエロー、そんなことやってる場合じゃねえ、逃げられるぞ」

 遊介は、目に涙をためながら、手探りで交番の外に出た。

 (くっ、何とか見えないこともない、という感じか。くそ、とりあえず、なんか移動手段を考えなきゃ)

 そのとき、またまたちょうどよく、交番の前をタクシーが通ろうとしていた。中には客がいるようだが、この際しょうがない。遊介は、道路に飛び出して、タクシーの進路に立ちはだかった。

 「おい、止まれ! 止まれ!」

 キキーッと音を立てて、タクシーが止まった。遊介は、ドアを叩いて中でいちゃついていた脳みその足らなそうなアベックに実は弾の入ってない銃を突きつけた。

 「てめえら、二人そろって棺おけに入りたくなかったらさっさと外へ出ろ! こちとら、棺おけに片足突っ込んでるんだ!!」

 「えーっ、なにこれ? もしかして、映画の撮影とか、なんか〜?」

 「えっ? あっ! は?」

 女のほうはまるっきり状況を理解していないし、男のほうは状況に対応し切れていない。

 「ええい、どうでもいいから早く降りんか! おい、運転手、ドアを開けろ!」

 すると運転手は、いやに潔くドアを開けた。遊介は女を外に引きずり出そうとする。

 「怪我したくなかったら、ゆうこと聞けよ!」

 「ふん、ゆうこと聞いてほしいんだったら、もっと丁寧に言ったらどうなのさ」

 「いい加減にしないと撃つぞ、ほんとに」

 「撃てるもんなら、撃ってみなさいよ! どうせおもちゃかなんかなんでしょ!」

 (うう、正解じゃないけど、間違いでもない。でもこんなところでグズグズしているわけには)

 「た、頼みますから、降りてくださいよぉ」

 遊介は、手をすり合わせ何だが情けない声を出してしまったが、これで幾分、女の態度も和らいだようだ。

 「そこまで頼まれたら、仕方がないわね」

 女がタクシーを降り、遊介がそこに滑り込んだ。後ろを振り返ると、交番からようやくレッドとイエローが出てくるところだ。錯乱した警官が体中のあらゆる穴から体液を流出させながら二人に抱きつこうとしている。もう少し時間稼ぎをしてくれよ、と考えながら、遊介はドアを閉める。

 「どこでもいいから、とりあえず大急ぎで走ってくれ!」

 高らかなエンジン音を伴ってタクシーが急発進する。遊介はほっと息をついた。

 「あ、あの」

 ふと気がつくと、横にいるのはさっきのアベックの片割れだ。なんだか、窒息寸前の金魚みたいに口をぱくぱくさせている。

 「お前なんでまだいるんだ?」

 そう聞くと

 「あれ、何で僕はこんなどこにいるんだっけなぁ?」

 「そんなこと俺が知るか! 運転手さん、さっきのところまでの料金は? おいお前、財布出せよ」

 銃を突きつけてそういうと

 「えっ? あっ! はい」

 と言いながら、財布を出した。遊介はそれを受け取ると、中から大雑把な金額で、運転手に代金を渡した。

 「釣りはいらないよ」

 「えっ、釣りって、それは僕のお金ですよ」

 「うるさいなぁ、君は用済みだから早く降りてよ」

 「降りろったって、走ってる車から、どうやって」

 「がたがた抜かしてると、耳からすっと手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わせるぞ! 降りろったら降りろ!」

 「わかりましたよ、でも財布は返してくださ、わぁ、何するんですか!」

 遊介は、その男を走っている車のドアを開けて蹴り落とした。財布はまだ使う用があるかもしれないので、ポケットにねじりこんだ。

 「運転手さん、ドアの鍵はちゃんと閉めてね、あと、交通ルールの一つや二つ破ってもいいから、できるだけ遠くに走ってください。お金はありますから」

 お前の金じゃねえだろ。

 すると、今まで黙っていた運転手が、ルームミラー越しに遊介の顔を見ながら、しゃべり始めた。

 「お客さん、もしかして、訳ありですか?」

 まさか、今さら降りろっていうわけじゃないだろうな、と思って警戒すると、その運転手は心持ち瞳をきらきらさせながら、遊介を見つめている。

 (ええい、ままよ。面倒なことになったら、このピストルで脅してしまえばいいんだ)

 と考えて遊介は言った。

 「どう見たって、訳あり以外の何者でもないんじゃないかな」

 「じゃあ、もしかして、『追われるもの』ってやつですか」

 「まあ、そんなものかなぁ」

 それを聞くと運転手は、一つ大きく深呼吸してから、改まって話を始めた。

 「われわれ、タクシー仲間の間じゃね、『運転手さん、あの車の後をつけてくれ』っていうシチュエーションに出くわさないと、一人前じゃねえ、っていうのがあるんですよ。それとはお客さん、ちょっと違うみたいだけど、まあ、似たようなものさ。それで、俺もこれでタクシー仲間の間で、肩身の狭い思いをしなくてもいいのかと思うと、なんだか、その、故郷の母ちゃんにようやく顔見世ができるというか、ほら、お客さんもわかるだろ」

 今、故郷の母ちゃんのせいで、ひどい目にあってる身にしたら、どうにも答えようのない遊介であったが、実際には追っ手が追って来ていないかどうかで、気が気じゃなく、かといって気が何になったのかはよくわからなく、とりあえず変になっていないかどうかだけを気にしていたので、すべて生返事で済ませていた。

 「それでね、お客さん。タクシー仲間でもうひとつ出会っとかなきゃいけないのがありましてね。それがですね、お客さんも聞いたことあるでしょ、真夜中に川の近くでなんだかぬれたようなお客さんを拾ってですね、そんで持ってそこではついこないだ身投げがあったって言う話じゃないですか……」

 返事もしないのに一人でしゃべっている。すると運転手のよく通る声にかき消されそうだが、何か遠くから、ふぁんふぁんふぁん、という音が聞こえる。最初は、運転手のお喋りのBGMみたいだったが、次第に大きくなり、けたたましくなってくる。何かのサイレンのようだが、日本に存在する緊急車両のいずれとも違う音である。いったいどこから聞こえてくるのか。遊介は最初、後方ばかり注意していたが、その音は前のほうから聞こえてくる。今、信号が赤なので止まろうとしている交差点の、向かって右側からとんでもないスピードで走ってくるようだ。遊介は、ものすごくいやな予感がした。

 「運転手さん、そのまま真っ直ぐ突っ切って!」

 「ちょ、ちょっと、そんな無茶な!」

 「無茶も、飲茶も、狼牙風風拳もねえんだ!!」

 遊介は身を乗り出して、運転手の足元に自分の足をもぐりこませ、思いっきりアクセルを踏み込む。

 「うわぁっ、なにするんですかぁ!?」

 タクシーは、自動車の川に垂直に突っ込んでいく。運転手は必死にハンドルを切って、ぶつからないようにする。さすがはプロで、自分の車はどこにもぶつけなかった。この奇跡の原因のひとつは、ほかの車が、自然にこの車から逸れていき、いろんなところにぶつかって止まってしまったからである。タクシーはそのまま真っ直ぐ進み、後ろを振り返ると、方々で煙やら火の手やらが上がっている。そしてその混沌とした地獄絵図の中からカーブを曲がって颯爽と登場したのが、サイレンを鳴らしながら爆走する霊柩車である。

 「事故にあった、皆さん、ご安心ください。ご葬儀は、われわれ「葬式戦隊七人の弔い」が責任を持って、弔わせていただきます。どうか事故にあった皆さん、ご安心ください。極楽浄土はもうすぐそばです」

 その霊柩車は、高スピードでカーブを曲がったためにしばらく蛇行運転したあと、一気に加速して、遊介が乗っているタクシーの横にぴったりとつけた。助手席にいるレッドが拡声器で叫んでいる。

 「そのタクシー、止まりなさい。遊介君も無駄な抵抗はやめなさい。君は、もう死んでいるんですよ!」

 「ええっ、あなた、もう死んでるんですか?」

 運転手は、満面の笑みを浮かべて振り返った。

 「じゃ、じゃあ、もしかして、川に身投げしたとか、そういうのですか。でも未練があって出てきちゃったとかそんなような………」

 「ええい、どうでもいいから、前見て運転してくれ」

 遊介は中身が空のピストルを振り回しながら、涙目で叫ぶ。

 「お願いだからあいつらから逃げ切れたら身投げでも何でもやってやるからお願いだから何でもいいからスピードを上げてくれあいつらに見つからないところに逃げてくれあいつらのすがたがないところまではしってくれこのままではほんとに俺死んじまうよだから急いでくれあああぶつかるぶつかるから前見て急いでくれお願いだから」

 「無駄な抵抗はやめなさい。お前はすでに死んでいる。お母さんは泣いているぞ。われわれは少々手荒なことをやるのは、霊界から許可を得ているんだぞ! 早くとまりなさい、早くとまらないと中身入りの棺桶を投げつけるぞ!」

 中身とやらが、アレであることは間違いなさそうだ。

 そのとき、運転手の顔が変わった。喜びにほころんだ顔が、仕事人の顔に、いやむしろ勝負師の顔に、峠最速の伝説を目指す走り屋の顔に変わったのだ。すると、運転手はおもむろに、ダッシュボードの、カバーがかかっていて今までは見えなかったスイッチ類を押し始めた。すると、突然足元でタイヤが膨らむような感覚があり、さらにボンネットからはエンジンの一部が顔を出した。車の後ろには、軌道安定のためか、水平尾翼のようなものが内部からせりあがる。運転手は頭の上のスイッチ類をいじっていたかと思うと、唐突にハンドルをガポッと取り外してしまう。そして遊介が目を丸くしている目の前で、足元から取り出した別のハンドルに付け替えてしまった。

 「さあて、しっかりつかまってくださいよ」

 そういったかいわないかのうちに、ぐっとアクセルを踏み込む。すると、今までとは明らかに異質なエンジン音が響き、遊介は首が鞭打ちになるかと思うほどのGを感じた。そうして霊柩車をあっという間に後方はるか彼方に置いてけぼりにしてしまったのである。

 「あっ、待て、待ちやがれ、待たないと、死体にかんかんのうを躍らせるぞ。おい待てったら。逃げたって、無駄なんだぞ。お前の動きは全部、衛星軌道上のブラックが監視しているんだからなぁ!」

 じきに、声は聞こえなくなった。

 タクシーは車の多い街の中心部を避けて、これから郊外に入ろうとしていた。遊介は、霊柩車が後方に見えなくなってからもしばらくはびくびくしていたが、どうやら振り切ったと思って、ようやくほっと胸をなでおろし、椅子のクッションに身を沈ませた。しかし、一難さってまた一難。前門の虎、後門の狼。泣きっ面に蜂。踏んだり蹴ったり。こんなところで、しつこい作者が主人公を許してくれるはずもなかったのであった。

 左前方に川が見えてきた。運転手は相変わらず、「いやぁ、私にもようやくツキが回ってきたといいますか、死んだ人を乗せられるなんて光栄至極といいますか………」とかよくわからないことを話している。道路は、車の量も少なく快適である。さて、これからどうしたものか、と遊介が思っていると、左頬に冷たい何かがかかった。うん? 何だ? と、左手で頬に触ると、それは単なる水である。遊介は無意識的に、左のドアを見る、すると、突然噴水が水平に噴出したかのようにドアの接合部からの水流が顔を打った。体中びしょびしょになりながら、顔の前を手で守って目を開けると、真っ青なコスチュームに身を包んだ男が背中にタンクをしょって、車体に取り付いている。水流で鉄板をぶった切っているようだ。遊介は水流をよけながら、ガラス越しにそいつと顔を付き合わせ、ピストルを突きつけながら、言った。

 「あんた、いったい何してるんだ?」

 「え、え〜と……その、ちょっとした修理中でありまして……ドアの接続と配線に不都合がありまして……」

 ブルーは口ごもりながら言った。

 「なるほど、大変ですな、事故のないように気をつけてください………って、どこの世界に、走っている車を修理するやつがいるんじゃ! あほか! 危ないから早く離れろ!」

 遊介は勢いよくドアを開けようとする。

 「うわぁ、危ないのはあんただよ!」

 ブルーは弾き飛ばされないように、車体にしがみつく。

 「ねえ、あんた、そういやあ、いったいなんで死んだんでしたっけ?」

 運転手は後ろの事態に気づく様子もなく、陽気に話し続ける。

 「くそう、この俺の必殺ウォータージェット「妖刀村雨丸」を直接生身で食らったらどうなるか、思い知らせてやる!」

 ブルーはノズルをドアの隙間から中にこじ入れると、水流を噴射した。遊介は、その場でしゃがみこんで何とかよけたが、その後ろでは座席のクッションが羊羹のようにサックリ刻まれていた。

 「てめえ、よくもやったな!」

 そういうと、遊介はドアに体当たりをする。すると、もうかなり接合部が破壊されていたのだろう、ドアは丸ごとはずれて、車体とブルーに挟まれて、どうにか落ちないでいるという状態になった。

 「ねえ、あんた、死人だったらさ、消えるとかなんかそういう普通はできない特技とかないの? あると、仲間に話すときに、話が盛り上がるんだけどなあ……」

 道路は緩やかなカーブに入っていく。しかしタクシーはかなりのスピードで走っているために、少し遠心力で車体を振り回しながら曲がっていく。それほど広い道ではないので、片側一斜線の外側の白線とガードレールにはほとんど隙間がない。今タクシーは、その白線をはみ出し、ほとんどガードレールぎりぎりのところを走ろうとしている。。これはチャンスだ、と遊介は思った。

 「食らえ! もういっちょ、体当たり!」

 遊介が力ずくで、ブルーの体を外に押し出すと、ブルーの背中のタンクがガードレールと擦れて、ギャギャギャギャgyaギャギャギャ、という音を立てながら、火花を散らす。

 「うわわわわわwaわ、ややややyaやめめめめmeめろろろろrо〜〜〜!!!」

 ブルーが電気あんまみたいに振動しながら抗議する。遊介が最後の一押しをすると、ガキョンと音がして、タンクに大きな裂け目ができ、中の水がジョボジョボと零れていってしまった。

 「あ〜あ〜、お前、何てことしてくれたんだ」

 ブルーはウォータージェットのノズルのスイッチを押すが、もちろんうんともすんとも言わない。

 「どうだ、これで、ご自慢の武器も使えなくなっちまったな」

 「く、くそう、こうなったら最後の手段しかないな」

 というとブルーは、下を見て、なんだかゴソゴソし始めた。いったい何をしているのだろうと遊介が覗くと、折りしもズボンのファスナーを下げている最中である。

 「このご自慢のホースを使ってと………」

 遊介は息を思いっきり吸い込む。

 「馬鹿なことやってないで、さっさと落ちろっっ!!!!」

 思いっきり、落ちかけのドアを蹴飛ばすと、片手を股間にやっていたブルーは、バランスを崩して道路に転がり落ちて、ファスナーを半分あけたまま、ゴロゴロごろごろドアと一緒に視界から消えていった。

 「ふん、ざまあみやがれ」

 遊介はもう一度いすに座りなおそうとする。すると運転手がようやく後ろの異変に気づいたらしく、

 「ちょっとお客さん、危ないからドアちゃんと閉めてくれませんか」

 「えぇと、その、閉めようと思っても、閉められなくなってしまったんですけど」

 遊介が言いにくそうにしていると、タクシーの前方の道路に突然巨大な鳥のような影が現れ、上空からバサッバサッと羽ばたくような音が聞こえ出した。

 (なんだか、ものすごくいやな予感がするな)

 遊介がそう思うや否や、ドサッと音がして、天井の上に何か重いものが降り立ったようだ。

 「うん? いったいなんだ?」

 運転手はそういって、上を見上げる。遊介が前方を見ていると、道が途中で消えている? いや違う、結構急な右カーブが前に控えているのだ。

 「運転手さん、前! 前!」

 遊介は叫ぶ。運転手は前を見る。そして、それとほとんど同時に、翼の生えた骸骨が、フロントガラスに逆さまにへばりついてきたのだ。デローーンという効果音がほしいところだ。

 「んギャーーーーーーーーーーーーー-ーーーーー―ーーーーー‐ーーーーーーーーーーーーーーーー−ーーーーー〜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー_ーー ̄ーーーーーー!!!!!!!!!」

 キキキキキキキギギギギギギィーーーーーッッ  グギャギャギャギャギャギャガガガガゲゲゲゲゲゲキキキクククヶヶヶヶヶ  バサッバサッバサッ  ボチャン

 

 

 「・・・・・・‥‥‥‥‥‥……………?………??……………!……う……!!……あれ、ここは?…………あ、俺、事故ったんだ!」

 ガードレールに衝突したタクシーは、運転手が直前でハンドルを切ったのと周りに他に車がいなかったため、大事には至らなかった。事故の数十秒後、運転手は気がついて周りを見回した。骸骨男はどこにも見当たらなかった。運転手は突然、客を乗せていたことを思い出した。そして後部座席を振り返りながら言った。

 「お客さん、お怪我はなかったで………アーーーーーーッ!!消えてるっ!!!!」

 座席には誰もいなかった。客の影も形もなかった。しかしそこには確かに異変の跡が残っていた。

 「ひぃぃぃっ! し、シートが濡れてる!! こ、これは、黄金の怪談パターン!?」

 

 

 

 当の遊介がどこに消えてしまったかというと、懸命なる読者のご明察の通り、事故の時に、開けっ放しになったドアから投げ出されて、川に落ちたのである。永遠とも思える時間、言い換えると数秒ほど、遊介の体は宙に浮き、着水した。そして、しばらくもがいた後、プハッと水面に顔を出した。ヘドロが底にたまっていたせいで体中がべとべとのどろどろにはなったが、ヘドロが底にたまっていたおかげで怪我ひとつしなかった。上を見上げると、ホワイトが上空を旋回しながら、自分を探しているので、仕方なく、もう一度息を吸い込んで泥水の中にもぐり、近くの橋げたの下まで泳ぎ切った。しばらくそこで様子を見る。近くまで飛んできたときには、鼻から下まで体を沈ませて、まるで地獄の黙示録のウィラード大尉だ。ホワイトは、しばらく上空を旋回していたかと思うと、突然急降下してくる。一度などは、橋げたの下をくぐっていったが、結局最後まで遊介を見つけられずに、あきらめて飛び去っていった。遊介は周りを窺いながら、川から這い出る。事故ったタクシーはまだ道路にあり、警察が来て運転手の話を聞いている。ホワイトがどこかにいったのも警察が来たからなのかもしれないな、と遊介は考える。

 (運転手のおっさんにはすまないが、またいざこざに巻き込まれるのは勘弁だから、出て行って運賃を払うのはやめとこう。そんなことよりここはどこだろう。)

 水に吸って重くなった服を引きずって、一番近くの電信柱に駆け寄る。

 (なんだ、文子の家の近くじゃねえか)

 文子とは、彼がつい最近付き合いだした女の子の名前である。家にもいったことがあるので、道もわかる。彼はすぐに、文子のところならかくまってくれるだろうと考えた。しかしすぐに、事はそううまく運ばないかもしれないことにも気がついた。

 (昨日までは、なんともなかったのに、今日は世界中がどうも俺の味方をする気がなくなってしまっているようだ。文子だって例外ではない。行ってみて「あなたは死んだはずでしょ」なんていわれるのも面白くないし、あいつらに通報されてしまうかもしれない。だいたい、家にいない可能性のほうがでかいよな、俺の葬式に呼ばれてる筈だから。でも、かといってほかに行くところもないし………)

 というようなことを、うだらこだらと考えながら遊介の足は、自然と文子の家に向かっている。昼時の住宅街は、都合よく通行人が少なくて、泥まみれの格好を怪しまれることまなかった。

 考えがまとまらないうちに、文子の家の前まで来てしまった。インターフォンを押すか押さないでしばし逡巡。まるで、恋する少年のようだが、今回は少し違う。

 結局押した。すぐに、スピーカーから声がする。

 「はい、どなた様でしょうか?」

 (文子だ。よかった、助かった)

 「文子、俺だ、俺。遊介だ」

 「えっ、遊介なの! ほんとに、遊介なの?」

 「ああ、そういってるだろ。とりあえず、早く入れてくれないかな」

 「うん、わかった」

 文子が玄関から出てきて遊介を中に入れる。その格好に少しびっくりしているようだが、遊介が急がせるので、不問に付したようだ。遊介としては少しでも早く、安全なところに隠れたいのだ。

 「あの、両親は?」

 「大丈夫、今出かけてるから」

 玄関のドアが閉められ、鍵が閉まると、ようやく、今度こそ本当に、掛け値なしに、遊介はほっと胸をなでおろした。こんな格好で外を出歩いていたんじゃ、いつ付近住民に警察に通報されるかわかったものじゃない。そんでもって警察が何の役にも立たないのは証明済みだ。両親のいない彼女の家で二人っきり(文子は一人っ子なので)。今日ほどこのシチュエーションを安全と思ったことはない。

 でも、家の中に入って安心したものの、別に何かが解決したわけではないことに遊介は気づく。これからどうしようか。とりあえずあがろうか、とも思うが、こんな格好で上がったら床を汚してしまう。周りをきょろきょろしたりしてみる。文子の家だ。当たり前だ。気づくと、文子が、自分を心配そうに見ていることに、遊介は気づく。なんか気まずいな、そういや何にも説明してないしな、なんかしゃべんなきゃ。

 「あ、あのさ」

 「えっ! ああ、うん」

 何でびっくりするんだろ。

 「いきなり押しかけちゃってごめんね。しかもこんな格好でさ」

 「べ、別にいいよ、そんなこと」

 「でもさ、何でこんな風になったか聞かないの?」

 「う、うん、聞きたい」

 「なんかさ、俺のことで連絡とか来てない?」

 「えっ、それって、もしかして………お葬式のこと?」

 「やっぱり来てるんだ。でも、それじゃ何でここにいるの?」

 「それは……あんまり突然のことで、なんだか信じられなくて。気持ちの整理もできなくて、なんだか行く気になれなくて………」

 それをきいて、遊介は目頭が熱くなるのを感じた。今日はじめてまともなことをいう人間に出会った。嗚呼、一日千秋とはこのことをいうのか。ところで普通、目尻というと目の外側で、目頭というと目の内側を言うが、目くそは内側から出るのだから、尻と頭が反対のような気がするのだが、どうか。

 閑話休題

 遊介は今まで起きたことを、全部彼女に話した。その話の内容をコピー&ペーストを使ってここに再現してもよいが、それをすると、無限ループに陥ってしまい、続きを書くことができなくなるのでやめにしておく。読者は代わりにもう一度最初から読み返しておくように。読み返しましたか? 嘘をつくな! 読み返していたら、結局無限ループになって、こんなところを読んでいられるわけがないじゃないか。小一時間反省して、こんなくだらない小説なんか読まずに、自分の短い人生についてもっと考え直しなさい!MEMENTO MORI!

 閑話休題

 文子は、遊介の決してわかりやすいとは思えない話を、我慢強く聞いていた。普通だったら、途中で質問を挟んで話の腰を折ったりしそうなものだが、文子が言ったのは、うんうん、という合いの手の、話し終わったあとの「大変だったんだね」の一言だけであった。その間、頷きながら、やさしく目を見ながら、話を聞いてくれたのだ。

 (ええこや)

 「じゃあ、とりあえず上がってさ、シャワーでも浴びてよ。いつまでもそんなかっこしてたら、風邪引いちゃうからさ」

 「あ、うん、ありがと」

 せっかくきれいな床を、泥棒でも忍び入ったように、汚してしまうのは忍びないが、仕方なくお風呂場まで案内してもらった。

 「服は、このかごの中に入れておいて。洗濯しておくから。代わりに、お父さんの服でも用意しておくからね」

 「ごめんな、ほんとに」

 「いいっていいって、困ったときはお互い様でしょ」

 (ほんと、ええこや)

 脱衣所から文子が出て行くと、遊介は泥が乾いてバリバリになり始めていた服を脱いだ。そして風呂場に入って、鏡を見ると、そこにはべトコンが映っていた。思わず、大笑いしてしまう。川にダイブしてから大分たつが、その間一度も自分の顔を見ていないのだ。こんな顔して文子とあっていたかと思うと、も一度大笑い。シャワーのお湯と水の栓を開けて、ちょうどいい加減にすると、頭からかぶって、全身の泥を洗い落とす。もう一度、鏡を見ると、ようやく何とか見られる代物になった顔が映る。そのとき後ろで脱衣所の引き戸が開く音がする。今さっき自分が脱いだ服と着替えを交換しにきたのだ。

 ついさっきまで、頭が非常事態モードになっていたので気づかなかったのだが、これって結構ドキドキする状況ではないか、と遊介は思う。鏡の中の自分を見るとなんだかすごく場違いな感じがする。そこにおいてある、今まで一度も使ったことがない高級そうなシャンプーをまじまじと見てしまったりする。成分表を見ると良いのか悪いのかよくわからないものがたくさん配合してあるようだ。たぶん良いのだろう。

 文子が、脱衣所から出て行ってしまうと、遊介は、安心したような、がっかりしたような、妙な気持ちになる。いやいやこんなこと考えている場合じゃない。そういうことはおそらくもう少し後でなんなりと考える時間があるだろう。いまは、今後の身の振り方を考えなきゃ。今日はたまたま文子の両親がいなかったからいいが、何日もかくまってもらうわけにもいかないし、どこか隠れて人生をやり直しすることができればいいのだが、この近所じゃあいつらに見つかるのが関の山だろうし、外国に高飛びするにせよ、正規のパスポートが取れるとは思えないし、それじゃあ偽造するしかないのかあ、金がかかるなあ、そんな金どこにあるのかなあ、文子貸してくれるかなあ、そうだ、外国に行ったら文子と会えなくなっちゃうじゃん、それはいやだけど、じゃあ駆け落ちになるのかな、駆け落ちしてくれるかな、一緒に来てくれなかったら俺間抜けだな、なんとかこの家に住めないかな、屋根裏とかないのかな、ずっと前に、妻の愛人が何年も夫に気づかれずに屋根裏に住んでいったって言う話をテレビでやってたけど、あんな感じでいけないかな、でも文子、看護の勉強してるんだよな、看護婦になったら忙しいからほとんど家に帰れないんじゃないかな、それじゃあ俺寂しいじゃん、どうすればいいのかなあ。

 遊介は、安心したのもつかの間、自らの前途多難さに憂鬱になりながら、シャワーを止めて、脱衣所に上がった。文子が用意したふかふかのバスタオルで体を拭く。いいにおいがした。安心するにおいだ。今までの悩みがすうっと消えていく。文子のにおいに似ているからかもしれない。脱衣所自体も、風呂場から流れ出すいい香りに満ちている。清潔なタイルのにおい。生ぬるい湿気のにおい。石鹸のにおい。そして、鼻にツーンとくるような異臭が、においのオーケストラに不協和音をもたらして………

 (何だこのにおい?)

 遊介は、その肉が腐ったような、道に転がった猫の死体のようなにおいの出所を突き止めようとするが、周りを見まわしてもなにも見つからない。もう一度、風呂場を覗くが異常はない。しかし、においはどんどん強くなる。脳内危険信号フルスロットル。

 とっさに、ポケットを探ってピストル(空だけど無いよりまし?)を探す。ない。その前にポケットがない。当たり前だ、裸だもの。ピストルを入れた服は、文子が持っていってしまった。

 とりあえず、服を着よう。遊介は服の入った籠に目を移す。

 「なんだこりゃあ?」

 そこに入っていたのは、すべて一点の染みもない真っ白な服。しかも和服だ。文子のお父さんが普段からこれを着ているというのは少し信じがたい。この白さは、白無垢でないとしたら(白無垢だったらもっとボリュームがあるだろう)、それはもちろん…………死に装束しかありえない。

 「お、おい文子!」

 遊介が振り返った表紙に、肘が蛍光灯のスイッチに触れる。風呂場の明かりがついていたら十分明るいので、脱衣所の明かりはついていなかったのだ。その明かりが今ついた。スイッチが入るのから一瞬遅れて蛍光灯がつくと、床に黒と白のまだら模様が描き出された。

 (なんなんだこりゃ)

 すると、遊介の頭上から妙ちきりんな歌声が響きだす。

 「かんかんのう、きゅうのれすー、きゅわきゅれすー、さんしょならえー」

 遊介は上を見上げる。すると、色とりどりのコスチュームに身を包んだおなじみの人たちが天井に所狭しとへばりついていたのだ。

 「とわーーーっ!!!」

 「うわぁっ!」

 その全員がいっぺんに飛び降りた。大して広くない脱衣所は途端に芋を洗うがごときというか、米を研ぐがごとくなってしまう。逃げるとか抵抗するとか以前に動くことすらままならない。

 「かんかんのう、きゅうのれすー、きゅわきゅれすー、さんしょならえー。ほーら、約束どおりに死体にかんかんのうを躍らせたぞ。さーいほーいしーかんさん、いっぴんらいらいらやーわんろん」

 イエローとブルーが二人がかりでパープルにかんかんのうを躍らせている。首はガムテープでぐるぐる巻きにしてくっつけてある。ホワイトはでかい羽が邪魔で窮屈そうにしている。ブラックは大気圏突入したばかりのようで、真っ黒こげだ。ピンクが遊介のほうに近寄ってくる。遊介は急いで、真っ白な経帷子を羽織って前を隠す。いくらこいつらの仲間でも、女性の前ですっぽんぽんは恥ずかしいと思ったのだ。しかしそれを見て、ピンクは

 「あ、だめだめ、それじゃあ。経帷子ってのはそうやって着るものじゃないのよ。もう、それは生きている人の着付けでしょ。死んでる人は左前! そんな常識も知らないの?」

 怒られてしまった。

 「さ、経帷子を着たら、他の小物もつけてよ。全部私が責任を持ってデザインしたんだから。死に装束ってのはね、シンプルだから、デザイナーが色をつけにくいんだけどね、真っ白だけに、だからこそある意味では腕の見せ所なわけよ。最近では、こういう古風なしに装束は流行らなくて、どっちかっていうとカジュアルなのが多いけど、私の予想ではね、もうすぐ葬式業界にもね、レトロブームが来るんだから。見てらっしゃい。あ、後でお化粧もしてあげるからね」

 そうまくし立てながら、ピンクは遊介の体に杖、草履、笠、頭巾、数珠、白足袋、頭陀袋と六文銭、手甲、脚袢などの死に装束グッズを身につけさせていく。どれも肌触りがよく、おそらく質のいい絹でできているのだろう。かんかんのうは相変わらず続いている。

 「めんこがおはおでひゅーどんちゃん、さんしょならえー、さんしょならえー」

 そのとき、ガラッと音がして引き戸が開き、そこには文子が立っていた。

 「文子!」

 「ごめんね、遊介」

 「えっ」

 遊介には、一瞬どうして文子が謝るのか分けが分からなかった。きっとこいつらは俺をつけていたのだろう。それに気がつかなかったのは俺のミス。きっと文子は優しいから、俺のミスまで自分のせいと思い込んでしまっているのだろう。

 「文子、別にお前のせいじゃ」

 「文子さん、ご協力、ありがとうございました」

 そういいながら文子の横に現れたのはレッドだった。

 「遊介、ごめんね、ほんとに」

 「えっ、じゃあ、おまえ、まさか」

 そこまで言われてしまったら、遊介も気づかないわけには行かない。本当は気づきたくないのだが。

 「えっ、で、でもおまえ、さっき俺の話を聞いたとき、俺の話に納得してたじゃないか」

 「それは、遊介が自分がまだ生きてると勘違いしてるのなら、変にそれに反論して興奮させないほうがいいんじゃないかと思って。学校でもそう習ったし」

 「俺はキチガイかなんかか! さっきの態度はやさしいんじゃなくて、腫れ物に触れるみたいだったのかよ。じゃあ、おまえ、俺が死んでもいいのかよ!」

 「そりゃ、死んでほしくなんかないわよ! でも、お葬式って、成人式とか結婚式とかとおんなじ人生の一大行事じゃない。それをちゃんとやるってことが、ちゃんと生きるってことじゃないのかなあ、って思ったのよ」

 「よっ、いいこと言った!」

 イエローが茶々を入れる。

 「で、でもお前、俺が死んで悲しくないのかよ!」

 「悲しいに決まってるじゃない。でも、いくら悲しんだって、死んだ人は戻ってこないのよ!」

 文子はそう叫ぶと、両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。

 そこにすっとよって、肩を抱いて体を支えたのは、またしてもレッドだった。

 「文子さんの気持ちは良くわかります」

 「おいおい」

 「愛する人が死んでしまうというのは、まさに身が引き裂かれるようなことです」

 「ちょっと、その肩の手をどけろよ」

 「しかし、悲しむことが果たして故人のためにになるのでしょうか? 否! 断じて否! あなたがそのために時計を止めてしまうのを、果たして故人が願うでしょうか? 否! 否! 三たび否! 過去にとらわれてはいけない。確かに彼は死んでしまった。でもわれわれは生きているんです。故人のためにも、我々には未来に向かって共に歩いていく義務があるのです!」

 「『共に』って何だよ、『共に』って」

 「さあ、古い愛は捨てて、私と共に新しい愛を燃え上がらせましょう!」

 そういうと、レッドは文子を優しく激しく抱き寄せ、文子はされるがままになっている。

 「おいおいおいおいおいおいおいおいお、ちょっと待てよ、それどういうことだよ。なに俺の女に手ぇ出してんだよ。お前も抱かれてんじゃねえよ。抵抗しろよ。顔赤らめてんじゃねえよ。おい、お前ら、両方とも、目ぇつぶるな! いや待て、見つめあうのも駄目! てゆうか、俺の話を聞けよ!」

 「ままま、そういうことは全部水に流してしまいましょうよ」

 突然ブルーが話しかける。

 「流れに身を任せれば良いんですよ。流れに身を任せると、だんだん身も心も軽くなるんです。メタンガスが発生しますからな」

 「さあ、それでは、葬式会場に行こう。みんな首を長くして、ついでにlong faceになって待ってるだろうからな」

 イエローが号令をかける。すると、全員で遊介の体を担いで運んでいこうとする。

 「おい、ちょっと、待ってよ。頼むよ、ねえ。やっぱいくの。見ればわかるでしょ僕生きてますって。おい、やめてって。止めろよ。ねえ。やめて、止めて、やめて止めてやめて止めて…………………」

 遊介はそのまま、脱衣所から、そして文子の家から担ぎ出され、もちろんその行き先は決まっているのである。

 

 

 

 葬式会場は静まり返っていた。みな、まるで葬式のような顔をしていた。それというのも、この場の主役、今日のメインイベンター、本日のメインディッシュ、肝心の遺体が来ていないのである。遺体のない葬式なんて、福神漬けのないカレー、紅しょうがのないチャーハン、わさびのない寿司、米のないお粥、肉のない牛丼、卵のない親子丼、うなぎのないうな丼、麺のないラーメン、刀のない侍、生贄のない黒ミサ、竹刀のない剣道、花のないアイドル、気のない返事、あぶない!ルナ先生、いけない!ルナ先生、意味のない羅列、etc,etc…………の様に人をしらけさせるものなのである。列席者の服装が白と黒ばかりで沈鬱なのも、その場の暗さに拍車をかけていた。

 みなの我慢がそろそろ限界に達し始め、だんだんレストランでいつまでたっても料理が来ず、とうとう話すこともなくなってしまった客のようにそわそわし始めたちょうどそのとき、会場の後方にあった入り口の重いドアが開かれた。その場にいる全員がそちらを見る。そして思わず歓声に沸いた。まさに、われらのヒーロー、みんなのお待ちかね、遊介君の入場である。遊介は相変わらずじたばたしているが、ロープでぐるぐる巻きになっているために動けない。顔は死に化粧がしているが、男にするものとしては異常に濃く、よっぽど暴れたのであろう、ところどころずれてたりして、素人が京劇のまねをしたようにしか見えない。

 みながいっせいに、遊介の方に駆け寄ろうとするが、それをピンクが押しとどめる。

 「はいはい、皆さん、興奮する気持ちもわかりますが、これはお葬式です。あくまで厳粛に執り行いましょう。時間も迫ってきてますし席についてください」

 みながぞろぞろと、席につく。そこへ、会場の責任者らしき人がやってきて、レッドと何か後ろで話している。

 「え? あまりにも遅いから、読経もご焼香も済ませちゃった? それは困ったなぁ」

 「ええ。しかし、済んでしまったことですから。だから段取りとしては次は故人との最後のお別れでして」

 「じゃぁ、仕方ないか」

 「ムグー、ムグー(ガムテープで口を閉じられている)」

 「それでは皆さん、故人との最後のお別れをしていただきます。どうぞ、お集まりになって、お気のすむまでお別れしてください」

 弔問客が集まってくる。みな知った顔ばかりだ。石川がいる。「まさかお前が死ぬなんてな」久内もいる。「何で死んでしまったんや」吾妻は相変わらず暗い顔をしている。「………………………………………」母親も大学の教授も高校の先生も夏目も宮西も福山もいる。なぜかタクシーの運転手もいる。タクシーに乗ってた馬鹿ップルもいるし、錯乱した警察官もいる。おい、誰か助けろよ! と遊介は思うのだが、みな悲しそうな顔をするだけで、何もしない。自分の家ではふざけたことを言っていた石川もさすがにここではまじめな顔をしている。どうもみなまじめらしい。遊介は、これほどまじめであることが恐ろしいと思ったことはなかった。

 石川が、涙を拭いている文子を見つけて、しゃべり始める。

 「遊介のやつ、こんなかわいい女の子残して死んじまうなんて………ほんと、大馬鹿野郎だよな」

 すると、その言葉に遊介の母親が反応する。

 「あら、それじゃあ、あなた、遊介と…………」

 文子がこくんとうなづく。

 「ごめんなさいね、本当に。うちの馬鹿息子のせいで、こんな悲しい重いさせてしまうなんて」

 「いえ、いいんです。あたし、たぶん一生遊介のことを忘れることはないでしょうけど、でも………遊介のためにも強く生きていかなければいけないと、思っています。

 「そんなことよりも、お母様のほうこそ、本当にお悔やみ申し上げます」

 「本当に、こんないい娘さん、この子にはもったいないわ」

 なんだか、勝手なことをいっているな、と遊介は思うのだった。そのとき、会場責任者が、母親にささやきかけた。

 「それでは、お母様、そろそろ出棺前の親族代表の挨拶をお願いします」

 「わかりました。皆さん、今日は本当に私の息子のために集まっていただいて、本当にありがとうございました。遊介は生きているときには何の役にも立たない子供でしたけど、皆様のおかげで少しはましな死に方ができるのかもしれません。人間の一生の価値は棺おけのふたが閉まるときに決まるといいます。するとジャイアント馬場はサイズの合う棺おけがなかったために布に包まれてましたから、彼の人生の価値はいまだに決まってないことになってしまいますけど…………あら! これは関係ない話でしたわね、ほほほ。でも、この子の棺おけのふたが閉まるときにこれだけの人たちが集まってくれたということは、このこの人生の価値も無きにしも非ずだったのかしらと思います。だのに、死んでしまうなんて、本当に馬鹿で阿保で。こんな馬鹿で阿保には生きる価値はありませんわね。あら! すいません、私少し取り乱してるみたいで………さっき飲んだお酒がだめだったのかしら」

 母親の挨拶はここで終わった。

 「さあて、それでは出棺するぞ」

 石川がそう叫ぶ。するとそのとき、レッドが母親にそっと話しかけた。

 「お母様、ご相談があるのですが」

 「何でしょうか」

 「お宅のお子様は、死んでしまったとはいえ、大変に見所のある男とお見受けしました。今回のミッションで、われら七人の中にも相当のダメージを受けたものがいます。そこで、お子さんに死体のパープルを継いでもらって、われ等の仲間になってもらおうかと思うのですが」

 遊介はまさに全身が耳になるような気持ちであった。もしかしたら、もしかしたら、死ななくてもいいかもしれない。今までの人生は全部否定されるかもしれないけど、わけのわからない仕事に就かされるかもしれないけど、でもとりあえず、死ななくてもいい。銃弾の盾にされるかもしれないけど、振り回されたり、投げ飛ばされたりして、武器の代わりにされるかもしれないけど、でもとりあえず、ここで死ぬことからは逃れられる。絶望のどん底に叩き落され、さすがに抵抗の意思すら尽き果てようとしていたときに、たらされた一本の蜘蛛の糸。どんなに細くともいい。どんなに弱くともいい。そこに希望があるのなら、そこにしがみつきたい。それが水に浮く藁に過ぎなくとも。

 「でも、そうなると、お骨は?」

 「火葬にはしませんから、もちろんお骨はありません」

 「それは困りましたわね、お骨がないと、先祖代々のお墓に入れられなくなってしまうわ」

 「そうですか、それなら仕方ありません。今の話はなかったことにしてください」

 ぬわんだそりゃーーーーーーーー!!!

 「それでは、遊介君をお棺にいれて、火葬場まで運ぶことにしましょう」

 そうレッドがいうと、またもや遊介は担ぎ上げられ、会場の台に据えられた棺おけのところに運ばれていく。そしてどさっと中に落とされ、さらにその上から次々と菊の花が投げ入れられる。その衝撃でようやく口に貼ってあったガムテープに隙間ができ、よだれでだらだらの口でしゃべることができるようになる。

 「おいちょっと、もうちょっと丁寧にやってよ!」

 そのときレッドが言う。

 「あ、そうだ、もう役に立たないので、ついでにこれも焼いちゃいましょう」

 そういって、パープルを棺おけに詰め込もうとする。

 「おいおいちょっと待てよ、そしたら、俺の骨がわかんなくなっちまうじゃねえか!」

 「まあまあ、細かいところを気にしない」

 「細かくねえよ」

 「それでは、ふたを閉めまあす」

 「おい、おいってば、ちょっと待って」

 みなで押し込むようにふたを閉め、ガンガン音を立てて、釘付けされてしまう。そして、御みこしを担ぐように大勢で持ち上げられ、火葬場に向かって一直線。

 「ねえ、ちょっと待ってよ、これってドッキリなんでしょ? ものすごく金のかかったドッキリなんでしょ?ねえってば」

 「わっしょい、わっしょい」

 「ねえ、せめてもう少し、やさしく運んでよ。棺おけってこんな風に運ぶものじゃないでしょ」

 「わっせ、わっせ」

 「ねえ、聞いてよ。この中、ものすごく、臭いんだけどさ。逃げないから、少しふたに隙間空けてくんない。ねえ、頼むよ!」

 「そいやっ、そいやっ」

 「ねえ、これって冗談じゃないの? もしこれが冗談じゃないとしたら、そんなの冗談じゃないよ! 悪い冗談なんでしょ?」

 「そーーれっと!」

 「あれ、ちょっと待ってよ、これってもしかして……熱い! 熱いってば! もしも〜し! 熱いんですけど。少し熱すぎるんですけど。こんなに熱くなくてもいいんじゃないかなって、僕思うんですけど。もしもし聞いてますか? 聞こえてますか〜? 熱い! 熱いってば! 僕は江戸っ子ではありません! 熱すぎるので、誰かうめてください…………………

 

 

 

 こうしてこうして、哀れわれ等の遊介君は、結局南極テレビ局灰になってしまったのでした、めでたしめでたし、まさにこれにて一件落着、一見教訓もくそもないような内容に見えるこのお話し、実は人間いつ死ぬかわからないので、今日という日を一生懸命生きていなければいけないのだという教訓があるわけもなく、薬にはならない分かといって毒になることもなく、実にくだらなくて、これならお子様にも安心して読ませられる、ってわけでもなく、一体全体誰に読ませたいのか皆目見当がつかない自己満足なお話なのですが、まあ小説なんてのは基本的に自己満足の所産ですし、なんと言っても人間いつ死ぬかわからないのは本当ですし、美人美人と驕るな美人、一枚剥げばしゃれこうべ、死んでしまったらすべて無なわけですから、すると生きているときも結局無なのでして、だったら楽しく生きたいのでして、何が言いたいかといいますと、それでは皆さんご一緒に

 

 死んでも命がありますように!(日本の古いおまじない)

解説

楽しく書けた。今見るといろいろ奇を衒いすぎて恥ずかしい気持ちになるが、結構気に入っている。

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