淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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And now, for something completely different

23世紀の精神異常者たち

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23世紀の精神異常者たち

 時間旅行が理論的に可能になった後、その実用化を阻んだ物。それは、時間旅行を経て精神の正常性を保った者はいない、という現象だった。動物実験でも、ある程度の知能を持つものにはすべて同様の現象が起きていたのだが、単なる一時的な興奮状態や虚脱状態とみなされ、見落とされてきてしまったのだ。

 原因を探るために様々な実験がされた。しかし最後まで手掛かりは得られなかった。各種センサーを積んだ時間旅行機を稼働させてデータを収集しても、なんら異常は見つからないのだ。また、知能の低い生物なら、何度時間旅行させても、異変を起さない。このことから、原因は知能、さらには精神に関わる問題なのではないかと考えられた。しかし、結局はここで手詰まりになってしまう。脳の機能的機械的側面をいかに研究しようと、分かることは何もないからだ。もしそこから何かが分かるなら、その原因も機械的に、つまり何らかのセンサーによって検知できるはずだが、そのようなことはすべて無駄骨に終わってしまった。すると原因を精神の非機械的非物質的側面に求めなくてはいけないのだが、それは科学の範疇ではない、すなわち再現性や確実性、公共性など知識を応用にまわすためにぜひとも必要とされるものを持つ言葉で表現されないものになってしまう。語ろうとすれば必然的に証拠もひったくれもない妄言になってしまう分野。つまりはお手上げということだ。

 いくつもの目覚めた状態での寝言が垂れ流されたが、そのようなものの中から特に印象的なものを一つ例として紹介しよう。ある、自費出版で出された本の著者が言うには、精神というものはそもそも連続性など持たないものだ。精神はすべての瞬間に、その一瞬前には想像もつかなかったものへと変異している。それならなぜ我々は自我の連続性を信じ、かつその連続性をいついかなるときも感じ続けることができるのだろうか。それは我々の世界を認識する方法がそうなっているからだ。我々は世界を、そして自分を不連続に認識することはそもそもできない。だから我々は認識する瞬間瞬間に、世界に連続性を押し付けざるを得ない。その瞬間瞬間に一瞬前一秒前一分前一時間前一日前一ヶ月前一年前の自分が今の自分へと連なるものとして認識され想起される。自分と不連続な実際の過去の自分は、忘却され思い出されることは永遠にないので、不連続性に我々が直面することは絶対にない。筈だったのである。ところが時間旅行技術がそれを変えた。我々にその不連続性を目の当たりにさせる。一斉に同期して変化し続ける我々同時代人から見たら、それとずれたフェイズを持つ人間は、我々と不連続な精神を持つ者、つまり精神異常者とみなさざるを得ないのだ。しかし、本当に恐怖を感じているのは彼のほうだ。彼から見たら、自分以外のすべての人間が理解できない精神異常者なのだから。この著者はさらに、この理論を敷衍してすべての精神病理について説明しようとする。曰く、精神異常者とは、一瞬一瞬に起こる精神の変異のリズムがずれてしまった者なのだ、と。つまり異常者とは、すでに過ぎ去った時の、またはいずれ来る時の正常者なのだ、と。よってそのズレさえ分かれば時間旅行の技術を使って治療ができることができるかもしれない、とまで書くのだ。もちろんこれらのことは精神病理学の知見とも矛盾する、単なるたわごとに過ぎない。

 しばらく経つと時間旅行の技術は、危険性もあり、また世の中の混乱を招くために原則禁止された。幾つかの研究所内で装置は保管され、そのさらに一部で細々と研究された。

 そんな折、そのような実験設備の一つに、いつの時代から来たのか分からない時間旅行機が突然実体化する事件が起きた。その情報は一般に公表されることはなかったが、一部の研究者たちを騒然とさせた。その時間旅行機は今現在使われているものと全く同じものだった。そして、その中には気の狂った搭乗者達がいた。彼らがどの時代から来たかがまず問題にされた。過去から来ていないから未来から来たことは確かだった。彼らの証言は何語かも分からないほど混沌としていた。旅行記内の機材に残る記録もすべて同様の混乱しきったものとしか思われなかったが、そこに含まれる日付らしきものを信用するならば、彼らは23世紀から来たらしかった。次の疑問は、何のため? である。しかし今度こそ、なんの手掛かりも得られない。しかし分かることは、未来から来たということは、すでに時間旅行が人の精神に致命的な影響を与えることは知られているのだから、その上で時間旅行を敢行することは、並大抵の事態ではないということだ。それを調べるために、読み間違えられにくいように「送り返せ」とのみメッセージを載せた時間旅行記に各種観測機器を搭載し幾つかの未来に飛ばした。すると、23世紀の中ごろ以前からは、ほとんど帰還し、そしてなんの異常も見つからなかったが、ある時期以降からは全く返事がなかった。その時期に何かが起こるのである。しかし、残念ながら、何が起こるのかは全くわからない。調べようもない。向こうからは、もうなんの音沙汰もないし、こちらからアプローチしても、返事が来る時代に何の異常も見られないが、異常が明らかに起こっている時代からは返事が来ない。手が尽きてしまった。

 政府や研究所はこのことをどう発表するのか、またそもそも発表するべきなのかどうなのか決められないでいる。とりあえず23世紀までは人類は生き残るわけだ、などと嘯くものも関係者にはいる。みなどうすればいいのか分からないのだ。何かを知っているかもしれない精神異常者たちは、最近凶暴性を増してきたので隔離されている。今日も概ね平和である。

解説

当時のメモを見ると「失敗作」と書いてあるが、さして面白いとは思わないものの、理屈には光るものがあり、これが失敗作なら他の全部も失敗作だろうという気もする。

実際そうなのだろうが。

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