吉凶
三島和人は卜占の類いにひどくこっていた。そして何かあるたび、屠乗と名乗る易を良く知る男に、それが吉兆であるか凶兆であるかを、卦の中に調べさせるのであった。出かける時に方角の吉兆を占わせるのはもちろん、夜寝る時にはどの方角に頭を向け、どの方角に足を向けて寝付き、朝起きた時にはどうなっているべきなのかまで、乗の判断を仰がねばいけないような有り様であった。
ある時、彼は乗にこう尋ねた。
「我が家の上を、鳶が二羽、輪を描いて飛んでいた。これは吉か凶か、如何」
「それ、実に吉の徴しなり。汝の元に、直に大金が転がりこむであろう。それは天よりの授かりものなるがゆえ、大切に運用するがよい」
それからしばらくした、またある時、彼は乗にこう尋ねた。
「我、げりら豪雨の振りし直後、ずぶ濡れのまま橋を急ぎ渡りぬるとき、我が眼前にて、流れし木の葉くるりと輪を描いた。これは吉か凶か、如何」
「それ、まがまがしき凶の徴しなるがゆえ、用心するに如くはなし。先日述べた、汝に転がりこむ大金に、何らかの危機が迫るやもしれぬ。銀行に預金する折は、ぺいおふ限度額を越えぬよう、りすく分散すべし。また、家の金庫にしまうときには、殷の大夫彭祖の仙室の左右を常に守りし二匹の虎を貸し与えん」
そしてまた久しく月日がたち、また別のある時、彼は乗にこう尋ねた。
「我、会社にて、俄かに出世の話まいこめり。これは吉か凶か、如何」
「おお、喜ばしからずや、良き知らせ。それ吉の中の吉なり。大略はかくの如し。余が先日貸し与えんと約束せし二匹の虎が、先先日に汝が元に転がりこむと言いし大金を強奪せんとせし白波どもを取り押さえ、半死の重傷を負わさしむ。実にこの白波、いんたあぽおるに追わるる国際的大泥棒であり、この業績、汝の功績として子子孫孫へと語り継がれ、一族の繁栄間違いなき物と思え」
そんな中も暦と季節は次々と過ぎ行きていった。易の教えにある通り、すべてのものは関わり合いながら変化し、星辰の運行のわずかな変化が人の運命に大きな影響を与えた。そんな中、彼は乗にこう尋ねた。
「我が妻、先日とうとう初めての子を身ごもれり。これめでたきことなれど、我が務むる会社、近頃急な業績不振に襲われ、経営傾くこと、氷河にぶつかりしたいたにっく号と同じにして、我が家族の行く末の展望も二転三転、まさに一寸先は闇の喩え通り。これ吉か凶か、如何」
「あな、怖ろしや、かの如き凶兆、稀にも聴かず、耳が穢れた故に、清き流れにて漱がねばならぬ。嗚呼、魔除けの呪文じゃ、あぶらかだぶらあぶらかだぶら……。先日余が述べし、汝の家名に誉れを与えるとしたあの二頭の虎、そのいにしえの霊獣の所持がわしんとん条約に違反したる廉で、汝は英雄から一転、すきゃんだらすなごしっぷの主人公へと凋落し、ぱぱらっちに追われて日常生活は崩壊、主犯格のはずの占い師は雲隠れ、身に覚えのない罪のために一家離散の憂き目にあい、死後も地獄の責め苦を受け続け、生まれ変われば餓鬼道もしくは畜生道に落ちるであろう。おお、汝を見ていたら目まで穢れてしまう、清めの水を持って来なければ……」
と乗は爽快系目薬「サンテFXネオ」を差しに別室に、えろいむえっさいむ我は求め訴えたり、と魔除けの呪文を呟きながら下がってしまった。それとほぼ宇宙的同時刻、すなわち数百年の誤差の範囲内で、火星と木星の間の小惑星帯の中から、絡まる重力線に弾き飛ばされて、一つの小惑星がゆっくりと流れだした。そんなある日、彼は乗にこう尋ねた。
「無事子どもが生まれた。3658ぐらむの元気で可愛らしい、玉のような男の子であった。妻の体調も良く、会社の経営もどうやら持ち直す兆候あり。これは吉か凶か、如何」
乗はその話を聞いて俯き、涙をこらえながら、
「可哀そうに。ああ、なんと可哀そうに。愛する家族と離れて一人牢屋の中。同室のほもの囚人にあなるう゛ぁーじんを奪われてしまうなんて……」
とひたすらつぶやき続けていた。その間も、星々の力学は正確に働き続け、人々のほろすこーぷを決定し続けた。そしていつもの如く、彼は乗に尋ねるのである。
「せっかく生まれた赤子が、西洋の奇妙な医術を使う助産師により、びたみんけー欠乏症にかかり、死んでしまった。妻もまるで魂の抜けたような有り様にて、目を離すと首をくくらんとす。これは吉か凶か、如何」
「まさに、まさにそれこそ待ち焦がれた話であれ。吉を伝えるも凶を伝えるも占い師の仕事なれど、やはり吉が出るに如くはなし。そして、これこそ吉兆なれ。牢屋の中で朽ちていくかと思われた汝に助けの手が伸びん。それ、一度は裏切ったかと思われし、かの占い師であった。彼は看守に賄賂をわたすなど、脱獄の手助けをし、更には妻子とともに南米は亜爾然丁へと国外脱出する手はずを整えることまでし、そこを起点に二人で世界同時革命のための仲間探しの旅が始まるのであった」
こうして地球に小惑星が衝突し、人類は多大な被害をこうむった。奇跡的に助かった、三島和人は屠乗にこの大災害が吉兆なのか凶兆なのか、確認しなければいけないと思ったが、屠乗は一面に広がるかつては都市と呼ばれた瓦礫の中で息絶えていたのであった。