淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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Πάντα ῥεῖ

意志と巻物としての世界

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意志と巻物としての世界

巻田健介にとって世界は目の前で現れては消える表象であった。

そんな幼い頃の彼にとって一番の謎は、なぜ一回転すると元の風景に戻るのかであった。

一回転したらどこか別の場所でもいいはずだ。そう考えて彼は回り続けた。幼稚園でも小学校でも中学校でも、暇があれば回り続けた。

親に止められようが、教師に止められようが、同級生に汚い言葉やものを投げつけられようが、警察や病院のスタッフに抑え続けられようが、目が回って立っていられなくなるまで回り続けた。

しかし、同じ場所で何度回っても同じ表象が一回転ごとに表れ続けた。彼はそれが納得できずに回り続けた。

そんな彼に転機が訪れたのは、何気ない日常の一場面でのことだった。

冷凍ピラフを電子レンジで温めるために、ふんわりとラップをかけようとしていた彼は、ラップの端っこを懸命に探していた。これがチャーハンならラップをかける必要はないのにと罵りながら、筒をくるくる回していたが、一向に端が見つからない。イライラして壁に投げつけたくなったころに、ふと逆に回してみた。

端はすぐに見つかり、そこからスルスルとラップはほどけていった。

こうして無事冷凍ピラフを平たく敷いた皿にふんわりラップして、電子レンジに入れることができた。

健介の目に涙が流れた。冷凍ピラフの美味しさに感涙にむせんだわけではない。冷凍ピラフは泣くほどには美味しくないし、そもそもまだ食べてはいない。まだ電子レンジの中で、オレンジ色の灯りに照らされながらくるくる回っている。そのくるくる回っている皿を潤んだ目で見ながら、健介は全ての謎が氷塊していくのを感じた。

今までうまくいかなかったのは、回転方法が逆だったのだ。

今まで親元、各種教育機関、医療機関、法執行機関、さまざまな場所で受けてきた屈辱的な暴力的圧力が走馬灯のように脳裏をくるくる回る。

それもこれもこんな簡単なことに気づかなかったからなのだ。そう考えると情けなくもあるが、しかし今となってはどうでもいいことでもある。

健介はゆっくりと回り始めた。今までと逆方向。正しい方向に。

不思議な感覚だ。彼の目も、三半規管も、風を感じる肌も、全てにとって新鮮な方向の回転だ。

しかし興奮している場合ではない。健介は懸命に彼の精神に現れてはいける表象に注意を向ける。そして彼が求め続けていたものを探す。

数回転後、それはあっけなく見つかった。

それは世界の端、世界の切れ目だ。

そこから世界はペリペリと捲れていく。一度端さえ見つければ、健介が一回転するごとに、世界は完全に様相を変えていく。

ダイニングキッチンが鬱蒼とした森の中へと姿を変え、森は白雪に化粧を施された高山が遠くに聳える静かな湖畔になり、湖畔は風が紋様を描いては吹き消す砂丘となった。

健介は目眩を起こしながら、夢見心地で回り続けた。止まるなんてことは全く心になかった。

砂丘は青く輝く地球が暗い星空に浮かぶ月面となり、特に意味もなくビガビガと光る未来都市となり、忘れ去られた古き神々が封印されし寂れた遺跡となり、そして甘い光が降り注ぎ芳しい薔薇が咲き誇る美しい花園になった。

そしてそれは起こった。健介は一瞬だけ子供の頃のとある事件を思い出した。当時はまだ映像メディアはVHSが主流だった。そして映像をもう一度最初から見るためには巻き戻しが必要だった。健介がチップとデールのビデオを巻き戻していたら、ブツンという奇妙な音が機械の中からした。普段はしない音だ。そしてビデオを再生しようとしても、何も起こらない。カセットを取り出してみると、なんとテープが千切れていた。機械の誤作動で巻き戻し切ったところで止まらなかったのだ。

それと同じことが、今健介の世界でも起こってしまったのだ。世界のもう片方の端にたどり着いた健介が、そこで止まらずさらに回転を続けてしまったために、世界の表象は完全に巻き取られ、剥ぎ取られてしまったのだ。

世界の表象は消えてしまった。世界の表象が消えてしまった以上、巻田健介という存在も消えてしまった。彼の肉体も意識も記憶も、世界の表象の一部だったのだ。

だが全てが消える寸前、巻田健介はとても幸せだった。世界の全てを見切ったという満足感を感じながら、彼の意識は世界の表彰もろとも消えていった。

そして、エネルギーの塊である彼の意志と冷凍ピラフだけが、まだそこで回転を続けているのだ。

解説

イグBFC3のために作った目眩の花園のついでに書いた小説。

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