淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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でも便利より不便のほうがだいぶいい

ツリーメイカー

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ツリーメイカー

庭師の源さんの腕はとどまるところを知らず、ついには植物の成長を操り始めた。

鋏でちょきちょき切るのはもう時代遅れだとばかりに、源さんが手を加えると、木々は勝手に彼の思うままに枝を伸ばし、花をつけるのだ。

「盆栽は時間のかかる彫刻だ」と言った人がいたが、源さんにとって時間がかかるのは結果が見えるまでの話で、調整するのにはそれほど力がかからない。木の幹に耳を当て、木がどう伸びていきたいかに耳を澄ませ、そして木を抱き寄せてぐいと力を入れると、それを微調整するのだ。それだけで数ヶ月間、木は源さんの考えた通りに伸びていく。

そんな源さんはすぐに有名になり、あちこちから引っ張りだこになった。ギリシャやエジプトからも呼ばれた。バビロンのネプカトネザル王が妻であるアミュティスの望郷の念を沈めるために空中庭園を作ったときにも、源さんの協力を仰いだという伝説もあるほどだ。

しかし、一部の者たちはそんな源さんの力を恐れた。死体を鳥や犬に食いちぎらせるペルシアのマギたち、恍惚として託宣をもたらすイオーニアのシビュラたち、失われたシュメールの言葉を操るカルデアの天文学者たち、偉大なるトートまたの名を三重に偉大なヘルメス・トリスメギストスの学知を継承するエジプトの神官たち。

そして何より源さんを攻撃したのがケルトのドルイドたちだった。彼らにとって木は神の徴であり、神自体であった。彼らにとって、その木を自在に操る源さんほど冒涜的な存在はいなかった。

ドルイドの罠にかかった源さんは、片目をくり抜かれ、巨大な木に九夜と九日釣られたが、縄が切れて命拾いした。そしてドルイドの集落に静かに近づくと、家々に向かって懐から出した種を投げた。

朝が来て日が昇ると、夜露を吸った種は陽光を浴びようと芽を出し、ぐんぐん伸びてドルイドの集落に巻きついた。彼らが起き出したときには何もかも手遅れで、戸口からも窓からも抜け出すことはできず、ただわあわあ叫びながら締め付けられていくしかなかった。

これらの種には源さんの新しい技が込められていた。種の段階から木の育ち方を制御する技術を、彼は見つけていたのだ。

種の中には成長して巨大な木になる「可能性」が小さく折り畳まれている。木の成長とは、それらの無数の可能性が開かれていくこと、つまり無数の可能性の発芽の連続だ。

源さんはその折り畳まれた可能性に小さく変化させることで、大きな変化をもたらすことができたのだ。これは現代科学ではフラクタルやカオスと呼ばれている現象だ。小さな変化が消えていかず、どんどん拡大していく現象をカオスという。小さな部分が全体と相似であるものをフラクタルという。フラクタルな図形の小さな部分に変化を与えると、それは全体への大きな変化へと波及する。

源さんは奪われた片目を取り戻すと、その目にも同じ技を施した。

源さんは庭師として世界中を回った。だからその目には源さんが見た世界中の光景が刻まれていた。

つまり源さんの片目には世界が折りたたまれて入っていたのだ。

源さんはそこに微小な変化を与えて土に埋め、その上で自分の胸に刃を突き刺した。自分の血を土に染み込ませ、自分の肉を肥やしにした。

すると源さんの片目から芽が出て、蔓が伸びていった。それはたちまち全世界を覆って、栄華を極めた諸都市を覆い、破壊し尽くした。

全てを滅ぼしたあと、破滅の中心点から今度は巨大な木が生えはじめる。そしてどこまでも高く伸び、ついには天にとどいて世界樹となる。

季節が巡り、世界樹の葉が色づき、たわわに実がなる。その実が地面に落ち、パカりと割れると中から滅びたはずの人間たちが生まれた。

人間たちは、源さんが見たものとよく似ているが微妙に異なる諸都市を築きあげて、生活をしはじめた。

こうして滅びたはずの世界が再び生まれ、元々の世界と少しだけ違った歴史が動きはじめたのだ。

これが庭師の源さんの話である。

解説

バオバブメイカーを作ったので、ついでに作った小説。北欧神話とかそんな感じです。

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