淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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水底より現れるもの

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水底より現れるもの

異常気象による渇水でダムの底から沈んだ村が現れた。平凡なニュース。ワイドショーが少し話題にしてすぐに忘れられる。

しかし実は沈んだ村などないのだ。付近の市の職員が気づいた。彼にはその村の朧げな記憶があった。同僚に訊いてみても同様だった。だが市の資料には村の記録はなかった。同僚や上司に相談したが、誰も真面目に取り合わなかった。彼は諦めず、様々な図書館や博物館に問い合わせした。

それが誰かの耳に届いたらしい。そして紆余曲折があって、私に調査の依頼が来た。どんな紆余曲折なのかは想像もつかない。

探偵事務所にやってきたのは黒スーツの女だった。女はニュース映像を見せた。ただのニュース映像だ。取材班が見物客に混じってその村を遠くから撮影している。鉄筋コンクリートの骨組みだけ残った建物が散在している。彼女はある瞬間を狙って映像を止めた。

「みてください」

その建物の影から人影が覗いた。まるでそこからカメラを注視するように。

「子供?」

「ええ。取材した人もスタジオの人間も誰も気づかなかったようですけど」

「これが何か?」

「さあ。我々にもわかりません」

女の一人称はずっと我々だった。名刺も出さなかった。ただかなりの量の現金と、私の写真入りのほぼ本物の警察手帳と、おそらく本物の拳銃を渡してきた。なぜそんなものが必要なのかにも答えてくれなかった。

周囲に全く興味を持たない彼女が、唯一好奇心らしきものを見せたのが私の本棚だった。

「地図の本ばかりですね」

私は古い地図が載った印刷物を集めていた。昔の地図には、伝聞でしか知られていない場所がたくさん載っていた。そんな場所には竜や不思議な化物が描かれていた。

地球上から未踏の場所が葬られ尽くした現在の地図にはない趣が私は好きだった。それは私が探偵になった理由と何か関係があるのかも知れなかった。

そんな地図を一枚一枚眺める彼女の顔がなぜか記憶に残った。

数日後、私は鬱蒼とした茂みと崩れやすい坂に足をとられながら、村を目指していた。

村の地面は乾いた泥に覆われていて、靴の下でカサカサと崩れた。

誰もいない。いるはずもない。理性でそうわかっていても、理性以外の声が、何かがいると告げていた。

モップの残骸が散乱した公民館、バスケットボールのゴールが倒れた体育館、泥で埋もれた公衆トイレ。割れた賞状の額縁が落ちている。どこも人々の思い出がこべりついてそうだ。なのにそんな思い出なの存在しないのだ。とても不思議な気分だ。

日が落ちた。焚き火用の枝を集め、野宿することにする。山中で少しだけ練習した拳銃が脇腹に強い違和感を与えつづけている。

瞼が重くなってきたころ、炎が揺れ、意識が揺れ、人影が揺れた。思わず拳銃を持つが、誰も見えない。だがパチパチと枝がはぜる音に混じり、確かに小さな足音がする。何も考えず後を追う。

朽ちた民家の門に影が飛び込んだ。私は後を追い、何も考えず銃を構える。

「ここで何をしてる!」

男の子か女の子かもわからない。振り返った顔も見えない。ただ服が白かった気がした。

私は引き金を引いた。何度も何度も。

銃弾が闇に溶けていく。笑い声を残して子供は廃墟の中に消えていく。

ポツリと頬を何かが濡らした。

雨だった。大粒の。

すぐにそれは痛いほどの豪雨となり、足元は泥沼となる。

慌てて村から逃げようとした私は、再びあの笑い声を聞いて振り返る。顔のない子供たちが雨の中を走り回っている。その周りに何かがゆっくりと地面から伸びてくる。

丸い郵便ポスト。小さな学校。高い鳥居。

吠えるように降りしきる雨の中、子供たちの周りに村が生えていく。

それに見惚れながら、胸を懐かしさが満たす。ここで育ったという確固たる記憶が虚空から蘇る。感動の涙が雨と混ざる。

遠くでゴゴゴと地鳴り。しかし目の前の光景を見つめること以外何もできない。かつて失われ漸く見つけた故郷が子供たちとともに濁流に飲まれるまで、一歩も動けなかった。

拳銃も偽の警察手帳も濁流に投げ捨て、私は泥塗れで山を降りた。そこで保護され、譫言を言いながら入院した。

入院費には困らなかったものの、依頼主とは二度と連絡は取れず、精神科から退院する見込みも一向につかなかった。

病室で暇な私は世界中の新聞を集めてスクラップしていた。そのうち私は、今回と同種の現象が各地で起こっていることに気づいた。世界中のダムの底や海底に、元々は存在しなかった遺跡や廃墟が発生しているのだ。ところが皆それに気づかす、観光名所にしたり発見物を博物館で展示したりしている。

これは世界に未踏の場所がなくなった反動なのかもしれない、と私は最近考えている。かつてそれらは怪物の場所だった。それらは我々の無意識の投影先だったのだ。

しかし今はもうそんな場所はない。それなら我々の無意識はどこに行くのか。溢れるがままなのか。

その行き先がダムや海の底だったのだ。

このノートを書いているベッド脇で、テレビが火星探査のニュースを報じている。何か人工物のようなものを見つけたのだとか。

私は気づく。無意識は意識よりずっと速い。だから探査機より先に他の星に到達する。

そこで我々は何に出会うのだろうか。

解説

文芸ファイトクラブ4のファイター部門に応募して予選優秀作になった作品。J・G・バラードの強い影響の下にある。文芸ファイトクラブ4へは『フェイクドキュメンタリー「Q」』の感想でジャッジとして参加することになった。

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