シンデレラ
むかしむかし、とおいとおい国のある城下町に、シンデレラという、それはそれは不幸な乙女がいました。どれくらい不幸かといいますと、あだ名が本名になってしまうくらいなのでした。
前はシンデレラにはやさしいお父さんとお母さんがいたのですが、お父さんは山へ芝刈りに、お母さんは川へ洗濯に行ってしまいました。仕方がないので再婚して、新しいお父さんとお母さんがきましたが、なんということでしょう、実はそのお父さんとお母さんは本当のお父さんとお母さんではなかったのです。つまりにせもののお父さんとお母さんなのです。二人はとても意地悪く、すべての仕事をシンデレラにまかせて、自分たちは夜ごと、あやしく淫猥な儀式に耽っているだけでした。また連れ子のお姉さんたちも、夏と冬のイベントに間に合うようにシンデレラをこき使いBLマンガを描かせておきながら、自分たちは寝転がって漫画や男性アイドル雑誌を読みながら妄想をたくましくしているだけです。そのせいでシンデレラは手のひらはインクまみれ、足の裏にはスクリーントーンの切れ端まみれでした。
そんなある日、お城で舞踏会が開かれるという知らせが町中をかけめぐります。そして噂では、そこで王子様の結婚相手を選ぶというのです。というわけで、お姉さんたちもお母さんもお父さんもはりきって、自分こそ王子様の目にとまるようにと身を飾り立てて、舞踏会へとおもむきます。しかしシンデレラにはおめかししようにもドレスがありません。そしてみんなが楽しくダンスするのを思い浮かべ、家でひとりベタ塗りをしながら、苦い涙の味をかみしめるしかないのでした。
仕事がひと段落するとちょうど八時、もうすぐ舞踏会が始まってしまいます。しかし、シンデレラにはどうすることもできないので、時計を見て悲しげにため息をつくと、気晴らしのためにテレビをつけようとしました。するとどうでしょう、突然テレビが火花をはなって、すさまじいまでに光りはじめたのです。光がおさまってシンデレラが目を開くと、そこには緑色の全身タイツにかなり太った肉体をつつみこみ虎柄のパンツを穿いて、角の生えたアフロかつらを頭につけた男が、手にウクレレを持って立っていたのでした。
シンデレラが呆気にとられていると、その男はウクレレをつまびき、
「あ〜あ、あ〜あ〜、いやんなっちゃった」
と歌いかけ、
「いや、これは違う人だな、えーと、なんだったっけ」
ひたいに手をあて、なやみはじめ、そのまま固まってしまい、しばらくすると
「ぐがががが、すーすすすすす、ぐがががが、すーすすすすす」
といびきをかいて、立ったまま寝はじめてしまいました。
「あ、あの。あの、すみません。もしもし? もしもし?」
たまりかねたシンデレラが声をかけると、鼻ちょうちんがパチンと割れて、ようやく意識がもどります。
「あ、ああ、ごめんごめん。で、ぼくはここで何をしてるんだったっけ?」
「いや、それはこちらのせりふですが」
「ああ、そうそう、君の願いをかなえてあげようとしてたんだった」
「え! それじゃあ、舞踏会へいけるようにしてくれるんですか」
「ぐがががが、すーすすすすす、ぐがががが、すーすすすすす」
「もしもし? もしもし?」
「ああ、ごめんごめん、じゃあ、外にでてごらん」
外にでると、その緑色の男は突然ウクレレをかき鳴らし、
「ババンババンバンバン、アビバビバビバ、ババンババンバンバンバン、アビバノンノン」
と異国の呪文を唱えはじめます。すると、家の前の道に、うらの畑のかぼちゃがころがりこみ、六匹のはつかねずみ、一匹の大きなねずみ、六匹のとかげがぞくぞくとあつまります。緑の男はそれを見て満足そうにうなずくと、天を仰いでおおきな声で
「デッビーール!!」
と叫びます。すると、今まで一点のくもりもなかった星空から、一筋の稲妻が夜の暗幕を切り裂いて、シンデレラたちが立っていたあたりの大地に突きささったのです。数瞬後、もうもうとした煙がおさまったとき、そこにシンデレラが見たのは、おおきな馬車と六頭のりっぱな白い馬車馬と、口ひげの御者と六人の頼りになりそうなおつきの者たち、そして美しい衣装に身を包んだ自分自身でした。
「わあ、あなた魔法使いだったのね、ありがとう!」
と叫ぶと、シンデレラは馬車に乗りこみ、黒焦げになった緑色の男の死体を知らずにひきつぶして、一路お城に向かったのでした。
お城では舞踏会が宴もたけなわです。女たちはどうにか玉の輿に乗ろうと、浅ましくもみっともない振る舞いをつづけて、王子の白眼視に身をさらしていました。そのとき、今までばらばらだった多くの視線が一人のもとに釘付けにされてしまいました。シンデレラの登場です。
シンデレラはダンスフロアの真ん中でロボットダンスを踊り、腕を振り振りモンキーダンスを踊り、頭頂部で体を支えてぐるぐる回ったりはじめたのです。どのダンスもこの中世暗黒時代にはまだなかったものです。シンデレラには調子に乗ると空気が読めないと言う悪い癖があったのです。いじめられても仕方がないと言えるでしょう。
しかし王子様は、ちょうどお上品なパーティに退屈していたところなので、はしたなくもひるがえるスカートの中身がいたくお気に召したとみえ、シンデレラの元に駆け寄って、その手の甲に口付けをして、こう言います。
「失礼ですが、おみ足を拝見」
そして彼女がはいていたりすの毛皮の靴を脱がせ、その足を懐から出したガラスの靴にすばやくすべりこませます。
「ぴったりだ」
王子は驚きに目を丸くします。それを取り囲む群衆は息を呑みます。
「ということは」
王子は立ち上がり、シンデレラのエメラルドのような瞳をのぞきこみました。
「犯人はお前だったのか」
おおっ、と人々がどよめきました。あせったのはシンデレラです。
「わ、わたしには何のことだか」
「しらばっくれても無駄だ。犯行現場にこの靴が残されていたんだ。犯行時刻は真夜中の十二時前後。犯人は犯行の途中でなぜか急に何もかもをおっぽり出して、現場から立ち去っている」
その言葉を聞いてシンデレラはハッと時計を見ます。するともうすぐ真夜中の十二時です。あまりにも激しくダンスをしすぎたので、シンデレラの時間は周りの時間よりゆっくりになってしまったのでした。シンデレラはあわてます。
「大変! 私、かえらなくちゃ。十二時になっちゃうと魔法が解けちゃうの」
シンデレラはスカートの端を持って、走り去ろうとしますが、王子がその手首を強くつかんでそれを許しません。
「ふふふ、わなにかかったね、可愛い子猫ちゃん。どうして君は十二時になると魔法が解けることを知ってるんだい? まだそのことについて誰も話していないのに?」
その瞬間、耳を聾する一つ目の鐘の音が響きます。王子がそれに気を取られた一瞬の隙を突いて、シンデレラはガラスの靴のヒールで思いきり王子のすねをけとばしました。これは痛い。そして、シンデレラは急いで部屋から走り出ます。
「あの女を追いかけろ!」
王子が涙目で命令します。シンデレラは城から出ると、門の前に待たしているかぼちゃの馬車めがけて、階段を走りおります。しかしそのとき、無情にも最後の鐘が鳴り響いてしまいます。シンデレラは魔法が解けて、元のかぼちゃに戻ってしまい、そのまま階段を転がり落ちてしまいました。門の前の馬車があった場所でも、馬車も馬も御者もおつきの者たちも、みんな魔法が解けてしまい、今やそこには大小のかぼちゃが山をなしているだけでした。
常識に属することなので、詳しくは書きませんが、この世に存在するすべてのものは、魔法使いがかぼちゃに魔法をかけたものなのです。その魔法が解けてすべてがかぼちゃにもどってしまいました。しかしその魔法使いも魔法が解けてかぼちゃに戻ってしまいましたから、もうどうにもなりません。