淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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The road to hell is paved with good intentions

ネタバレ注意

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ネタバレ注意

 この小説にはこの小説に関する重大なネタバレが含まれます。

 ネタバレが嫌いな方はこれ以上先に進む前にお戻りください、と言いたいところですが残念ですがもう遅い。自分では気づいていないのかもしれませんが、実はもう後戻りはできません。元の自分に戻ることは不可能なのです。なぜならあなたはすでにこの小説に関する重大なネタバレを読んでしまったのですから。

 もしあなたが、たぶんそういうことはありえないとは思うのですが、もし仮にあなたがまだこの小説を読み始めていないのならば、読み始める前にこの小説を読むべきかどうか、しっかり考えることをお勧めします。そしてもしも不注意にこの小説を読んでしまい、あなたが精神的ダメージや多大ながっかり感を感じたとしても、当方は一切の責任を負いかねますのでご了承を。万が一この小説を最後まで読んで、これを書いた人物に怒りを感じ、誹謗中傷や罵詈雑言等をひと目に付く場所に書き込みたくなったときには、ぜひこの部分をもう一度読み返していただきたい。そして落ち着いて欲しいのです。そういえば最初にちゃんと注意書きが書いてあったじゃないか、と。たとえその注意書きがネタバレ自身だったとしてもです。

 もしかすると、読者の中のネタバレを特に気にしない向きは、そろそろ焦れてきているかもしれませんね。言い訳はいいから、そろそろ本題に入ってくれないか。そのネタバレとは一体何なのか、と。しかし、それは慌てすぎというものではないでしょうか。あえて断言しますが、そもそもそういう人は小説など読まなければいいのです。啓蒙書でも読んでてはいかがですか。良心的な書き手なら早めに結論を述べてくれるし、各章ごとにまとめが書いてある本だって多くあるので、ちゃんと読まなくてもだいたい内容が分かるようになってますよ。でも小説とはそういうものではないのです。どこか目的地があってそこへまっすぐ行くというのではなく、まるで散歩のように当てもなくぶらぶらし、書いている本人にだってこの小説がどこへ向かっているか分からない、それが小説というものの神髄なのです。走っているときには見えない景色、立ち止まったり寄り道しているときにしか見えない景色、そういうものを描くのが小説というものではないでしょうか。早く本題に入ってくれよ。そんなことばかり考えている人はそんな景色を忘れてしまっているのでしょう。だから最初の最初から、目の前にあるネタバレに気付かないのです。

 そもそもこの小説の題名を思い出してください。「ネタバレ注意」ですよ。ここからも分かるように、この小説の本題はネタバレなのです。もし本題に入ってしまったらネタバレになってしまうのです。だから本題に入るわけにはいかないのです。そしてだからこそすでに、というか冒頭からこの小説は本題に入っているのです。

 考えてみればこの小説を読むからにはネタバレは覚悟の上のはずですね。だって題名が「ネタバレ注意」なのですから。ネタバレが嫌なら題名を見ただけでこの小説の前を素通りしているはずです。可愛そうに、その人たちは一生気づかないのです。すでに自分たちがこの小説に関する重大なネタバレを見てしまっているということに。

 ネタバレの種は知らず知らずのうちに彼らの胸の中に埋め込まれ、根を張り、そしていつか喉を突き破って木が生えます。ビルにネタバレの蔦が這いまわり、いつしか街はネタバレのジャングルに。この小説を読んだあなたたちだけがそのネタバレのマングローブの根の網目を掻い潜って先に進むことができます。あなたたちは旅に出ます。真のネタバレを探す旅に。なぜ旅に行かねばならぬのか。その原因この小説にありました。そもそも最初から変だったのです。自身のネタバレをしない小説などそもそもありうるのでしょうか。そんなものがあるとしたらそもそもネタのない小説、中身のない空っぽの小説ではありませんか。そんなものが小説と呼べるのでしょうか。そしてあなたたちは自分がいま読んでいる小説がまさにそんな全く何の内容もない小説だということに気付いてしまったのです。

 どんな気分でしょうか。自分がいま読んでいる小説に一切の実質が欠けていることに気づいたのは。怒り。悲しみ。困惑。失望。しかしあなたたちはこんなところで立ち止まっている読者ではない。あなたたちは立ち上がる読者なのです。だからあなたたちは作者の代わりにこの作品の内容を求めて旅に出たのです。しかし一体どこを探せばいいのやら。小説自身のほかにその小説の内容が書かれているものなどあるのでしょうか。実はあるのです。それはその小説のネタバレです。もしそれを小説自身よりも先に読んでしまえば大変な心理的ダメージを読者に与えてしまうものです。しかし今はそんなことを言っている場合ではありません。小説自身が信用できない今、信頼できる唯一のものがネタバレなのです。この小説が実際何が書かれている者なのか、知るための最後の命綱、それがネタバレなのです。

 あなたたちはます広大なネットの世界を探索します。そこには無数のネタバレが浮かび、ネタバレに関するネタバレすら見つかりますが、更新し続ける情報の海に飲み込まれ、あなたたちの求めるものは見つからない。昨日の重大なネタバレは今日にはすでに陳腐で時代遅れなネタバレですらないものになってしまうのです。あなたたちはネットに飛び交うものは全て何らかのネタバレなのではないかとすら思い始めます。ネタバレを踏まずにネットの世界を歩くことなど不可能。そうだとするならば、実はこの膨張し暴れまわるネットこそ巨大なネタバレなのではないでしょうか。

 次にあなたは世界中の図書館の書架の間をさまよい歩きます。中央に吹き抜けのある正六角形の部屋がどこまでも連なる南米の図書館の盲た老館長は砂で出来た本を手繰りながら、彼はこの図書館がネタバレ、ネタバレのネタバレ、ネタバレのネタバレへの解説、ネタバレのネタバレの解説のネタバレで構成されていることを説明したあと、我々全てが誰かを夢見ると同時に夢見られている誰かであるのと同様に、全ての事物はネタバレであり、同時に別の何者かにネタバレされているのだと教えてくれます。そして聖書に書かれた原初に存在した言葉こそ、最初のネタバレであり、この世界自体なのだと。

 あなたたちは最後にエドガー・ケイシーの声に導かれアガスティアの葉をかき分けて、すべてのネタバレが記録されていると言われるアカシックレコードにアクセスしようとします。チベットの奥地に入り口のある空洞地球の内部都市アガルタを統治する賢者たちは、あなたたちにこの地球が空っぽであるように真我もまた空であることを悟れと教えるでしょう。内容を欠いていることこそが内容であり、テーマを欠いていることこそがテーマなのだと。あなたたちが探しているものが存在しないことこそ、あなたたちが探しているもの自体なのです。

 あなたたちは途方にくれるでしょう。そして何も得ることなく帰路につくのです。あなたたちは最後の最後まで気づかない。何も得ることがないこと、それこそがこの旅で得た、得ることが出来る、唯一のものであることを。あなたたちは出発地点に帰ります。誰が最初に言ったのでしょう、帰るまでが旅だと。それならば全ての旅路の到達地点は出発地点なのです。そこであなたたちは見るでしょう。この旅の始まりである小説を。そしてその小説こそ、この旅の最終目的地であったのです。

 そこにはこう書かれています。「ネタバレ注意」と。それであなたたちもとうとう理解をし始めることが出来るのです。もしあなたがその小説を読んでいないなら開きなさい。もしすでに読み終わっているなら閉じなさい。あなたたちにももう分かるでしょう。その2つに大した違いはすでにないのです。始まりは終わりであり、この世界は空っぽで一杯なのですから。

 期待に胸を膨らませ、もっと正確には期待を裏切られるという期待に膨らませた分だけ胸を空っぽにし、そのページを開いたあなたの瞳に、全ての真実を告げるネタバレが飛び込みます。

 この小説にはこの小説に関する重大なネタバレが含まれます。

解説

この後書きにはこの小説のネタバレが含まれていますので、この小説を読んだ後に読むべきですが、この小説にはこの後書きのネタバレが含まれていますので、この後書きを読む前にこの小説を読むべきではありません。

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