淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

このページについてフィードバック(感想・意見・リクエスト)を送る

Long Live The New Flesh

よくわからないもの

書庫に戻る

よくわからないもの

 突然迫る地球の危機!宇宙からの侵略か!?それとも大自然のバランスが崩れたのか!?もしくは何者かの陰謀なのか?それならいったい誰が何のために?深まり続ける謎、謎、謎。

 それはある日突然やってきた。大宇宙の彼方から?それとも次元の狭間から?何はともあれ、それはやってきたのだ。それだけは分かる。それ以外何も分からない。

 第一報が首相官邸に入ったのは、朝まだき頃、東の空には明けの明星が輝いていた。

 「総理、総理、大変です。そ、空に、空に」

 いくつかの検問を突破した後、ようやく首相本人につながった電話線の上を、上ずった声がまず流れた。それに、昨日も夜遅くまで雑務をこなしていて、ようやく眠れたと思ったのに、こんな朝早くに叩き起こしやがって、面倒ごとはご勘弁だぜ、という風な不機嫌さを滲み出させた首相の声が続く。

 「いったい何がどうしたのかね。ちゃんと説明してくれんと何やらよく分からない」

 「え、え〜と、と、とにかく、空を見てください。窓から空を見てみてください」

 「空だって?」

 首相は空を見た。それは、空に浮かんでいた。その何が何やらよく分からない巨大でいびつなものが。

 

 すぐに対策会議が招集された。

 「で、いったいあれは何なのかね」

 「え、え〜、今のところはなんともかんとも」

 各種科学者たちも寄せ集められたが、科学者というのはこういうとき、下手な断定は避けるものだ。しかし政治家はそうも言ってられないところがある。メディアへの対応に追われている首相に代わって会議に列席している大臣は不機嫌そうだ。

 「なんともかんともじゃ困るのだよ。国民はあれを見て当然不安になっている。あの、まぁ、なんと言うか、なんともいえないよく分からないものを見てだな」

 「それは分かっております。し、しかし如何せん、資料も何もないですし。あの、なんともかんとも筆舌に尽くしがたい、見ていると眩暈がするような、部分と全体の不一致が人の心に言い知れぬ違和感を呼び起こす物体についてわれわれが知っているのは、今朝現れたということぐらいなもので」

 「ええい、じれったい。学者ならそういう状況下においても何らかの意見を持っているべきじゃないかね。ぶっちゃけた話、あれは宇宙人、もしくは宇宙人の乗り物かなんかではないのかね」

 「それはありえません」

 天文学者が発言した。

 「亜光速で航行していたなら別ですが、もしあれだけ大きい物体が地球を目指していたのなら、二十四時間体制で空を見張っている我々が逃がすわけはありえません」

 「じゃあ、いったいあの、わけの分からない、ヤク中の夢みたいなものは何なのかね」

 「異次元からきたのではないでしょうか」

 天文学者の不用意な発言に物理学者が噛み付いた。

 「ほ〜、で、異次元とは何のことかね」

 「そ、それはこの世界とは別の次元軸上の世界で」

 「それは、分かる。で、どうしてあの、見ていると気が遠くなって全てのことがどうでもよくなってきそうな物体が、そこからやってきたといえるのかな」

 「だからそれは、宇宙からきたのではないから、そうしたら」

 「消去法で異次元からと?君〜、消去法って言うのは、リストの中に真実があるという、テスト問題か探偵小説ぐらいにしか通用しそうにない前提があってこそ正当性を持つのだよ。君はどうやってそれを保障するの?」

 「ちょ、ちょっと待ってください。今はそんなことで喧嘩している場合じゃないでしょう」

 はっきり言って今のところ特に発言するほどの意見もなかった化学者が発言した。

 「そうだ、生物学者さんに聞いてみましょうよ。あれはパッと見、生物でしょうか、どうでしょうか」

 正直、こんな場で発言などしたくないと思っていた生物学者は、しかしきっぱりはっきりと意見を述べた。

 「分からん」

 最初から、自分が何のために呼ばれたのかまったく理解できなかった数学者はそろそろ眠くなり、数と記号が踊る夢に埋没し始め、それ以上に自分の存在に疑問を持ち始めていた心理学者は、ゲシタルト崩壊のときが近づいているのが傍目でも分かるほどだった。経済学者はあの、『想像を絶する』、ということばが喚起しうるすべての創造を絶した、その意味の分からなさには閉口して開いた口が塞がらないものの出現が与える、経済的打撃について語るのに準備万端だったが、ニュースのコメンテイターとしてテレビに出るのとは違って、誰も彼に話を振ってはくれなかった。

 そのとき、ひとつのしわがれた醜怪な笑い声が会議場にこだました。

 「ひぇっひぇっひぇっひぇっ、おめえら雁首そろえて何にもできねえのかい?」

 「だ、誰だ?」

 みなの視線が一箇所に集まった。そこはこの会議場に用意された席の中で、唯一の空席だと思われていた場所だった。しかし、先ほどの声は確かにそこから聞こえたように、思えたのだ。

 「ふう、よっこいしょ、と」

 みなの見ている前で、洗濯に失敗したみたいにしわくちゃになって、縮んでしまった梅干ばあさんが、机の上によじ登り、ちょこなんと正座した。

 「学者っつうのが結局、石ころほどにも役に立たねえのがわかったところで、ようようあたしの出番と来たわけだ」

 「おいおいばあさん、あんたいったい何者だい」

 「あたしかい?あたしゃ、しがない占い師さ」

 「占い師だって?誰だ、こんなやつ連れてきたのは」

 すると、会議に居合わせた事務官がいった。

 「いや、あの、その方は首相の行きつけの占い師でして」

 「そうだよ、あの人は、いろいろ相談事を持ちかけてくる、お得意様さ」

 「道理でやることがでたらめだと思ったら」

 寝たふりをしていた数学者がぶつぶつつぶやいた。

 「そんなことより、おばあさん、何か意見があるんですか」

 化学者が訊く。

 「けっ、占い屋なんかに意見聞いてどうしようってんだ」

 物理学者が、やってらんねえよ、てやんでい、べらぼうめ、というふうに言う。

 「へっ、年寄りを大事にしないといつかひどい目にあうよ。さしづめあんたの前世は水差しかなんかだろうね」

 またいざこざが始まっては困るので、大臣が止めに入ろうとする。

 「まあまあ、占い師のおばあさん。そんなことより、何か意見があるなら伺いたいのですが。困ったときの神頼みとも申しますし」

 やけに腰が低いのが効いたのか、占い師は突然お香をたき始めると、手をすり合わせながら呪文を唱え始めた。

 「アヤラカモクレン カンキョウチョウ テケレッツノパア」

 なんだかよくわからないがなにやらすごそうである。突然占い師は目を見開くと叫んだ。

 「うぺぺのぼんごる!!」

 みなが固唾を呑んで、彼女を見守っている。しかしそう叫んだかと思うともう何も言わず、満足そうに周りを見回すだけだ。痺れを切らして大臣が言った。

 「あの、それで、いったいどのような結果が出たのでしょうか」

 「だから、うぺぺのぼんごるだといっとるがね」

 「はぁ?」

 「う・ぺ・ぺ・の・ぼ・ん・ご・る」

 「だからそれはいったい何のことで」

 「あのようわからんでっかいものの名前じゃ」

 「な、名前?」

 事務官が大臣の耳にこそっと伝えた。

 「この人は姓名判断の大家でして、首相もご子息のお名前をこの人につけてもらって以来のお付き合いなのです」

 「で、首相のご子息はいったいどういう名前なのだ」

 「え〜と、確か、寿限無寿限無……」

 「いや、もう何も言わなくてもよい」

 周りの反応にお構いなく、占い師のばあさんはご満悦だ。

 「ひょっひょっひょ、いい名前じゃろ、あのよおわからんものの、わからなさを見事に表現しとるし、『うぺぺ』の部分にあれの宙に浮かんだ軽さを、『ぼんごる』の部分にあれの巨大さを託して、それを『の』できれいにつなげているのじゃ。すばらしいもんじゃろ」

 物理学者がこんな茶番に付き合っている自分はなんてお人よしなんだろう、という顔でばあさんに反論する。

 「一体全体何の権限があって、あんたがあれの名前をつけるというんだ。さっさと帰って間抜けども相手の、詐欺にでも専念しろってんだ」

 それでは首相が間抜けだということになるのかと、寝たふりをしながら数学者がほくそえむ。

 「ふん、それじゃああんたが、あたしのつけた名前よりももっと、あのいろんな色がうねうねと踊り狂って、目を逸らしたってしばらくは目がおかしくなって視界がぐにゃぐにゃするよくわかんないものにぴったりな名前をつけて見ろってんだ」

 「そういやぁ、確かにあれはいかにも『うぺぺのぼんごる』というようなかんじですなぁ」

 「そうですよね、私もさっきからそう思っていたんですよ」

 大臣が賛意を表すると、付和雷同型の事務官がそれに続く。プライドの高い物理学者はかんかんになって言う。

 「あんたたちはわれわれ学者を馬鹿にしながら、こういう非科学的な妄言を支持するんですか。まったくこれだから、世の中馬鹿ばかりで、まったくいやになっちまう」

 「で、でも根拠はともかく、確かにあれはなんとなく『うぺぺのぼんごる』っぽいような気がしますね」

 事態をどうにか収拾しようと、化学者が言うと、物理学者はおかんむりのまま座って黙り込んでしまった。もう絶対何にも発言しないぞ、という構えである。数学者は薄目を開けてニヤニヤしている。心理学者はさっきから『うぺぺのぼんごる』をぼそぼそ言い続けていて、その隣の考古学者が気持ち悪がっている。しかし考古学者も何のためにこんなところにいるのだろうか。

 「ひゃっひゃっひゃ、どうやらあたしの勝ちみたいだねぇ」

 「まだまだ問題は山積みだが、とりあえず進展はあったわけで」

 大臣が、ほっとした顔でまとめに入ろうとした。実際問題、会議で進展があるなんてことはめったにない事なのである。

 「名前が決まれば、これからの会議もずっとスムーズに進むでしょうし、国民の恐怖もだいぶ薄らぐと思われます。実際、名前のないものは、無意識的な恐怖を持つものですからなぁ」

 会議がこれで終わる、と誰もが思った。しかしそのとき、ドアを開けて、男が一人、会議場の中に飛び込んできた。

 「た、た、大変です。あ、あの、よくわからない、やたらに表面の模様が変化して、人間の平衡感覚を狂わしてしまいそうな」

 「おいおい、まあ、落ち着けよ」

 大臣は、まるで、問題はすべて解決した、というような顔で彼をなだめた。

 「君の言いたいものは、もう名前がついたんだよ。『うぺぺのぼんごる』というな」

 すると、その男は言った。

 「そ、それに先ほど変化が起こったのです。ま、窓から外を見てください」

 全員で窓から外を見ると、『うぺぺのぼんごる』の中から、少し小さめな、ある角度から見ると丸いような気がするが、別の角度から見るとまるで四角いように見え、さらに特殊な見方でみると四角四面に三角な気がしないでもないような物体が発射されているのが見えた。

 また、なんだか不安になってきた大臣は。占い師のほうを見ていった。

 「先生、あれの名前も決めてください」

 「むむむむ、『むっくるかくじゃく』!!」

 「『むっくるかくじゃく』!!たしかにそういわれると、あれは『むっくるかくじゃく』っぽいような気がしてくるぞ」

 「みてください、今度は『うぺぺのぼんごる』から、かくかくしているけど妙に生々しく生物的だが、かと思うと無機物的金属的な輝きをもつ、ぬめらぬめらした角のようなものが突き出てきました」

 「あれは『ぬかくぴかほーん』じゃ」

 「では、あの、一見するあんまり口では言いたくない物に見え、しかしよく見ると公衆の面前で口に出そうものなら逮捕されてしまうかもしれないものに見え、さらに目をこすって見直すと、そんなことを考えたことがあると知られただけでご婦人方の評判ががた落ちしそうなものに見えるものの、名前は何でしょう」

 「『まらえてまんきんちん』!!」

 「では、あの解剖台の上で、こうもり傘とミシンが偶然出会ったように美しいものの名前は」

 「『ろーとしゅるまる』じゃ」

 「それではあの、頭が猿、尻尾は蛇、手足は虎の如くで、怪異なる声で鳴くものの名前は……

 約一時間後

 「それではあの、悲しさと喜びと夏休みの午後のアンニュイとを、卵をつなぎに混ぜ合わせて、クッキーにしたような気分にわれわれを誘ってくれるものの名前はなんでしょうか」

 「え、え〜とじゃな、あれは〜、『とりんぷしゅりんぷくぶふすとるじゅうすかい』じゃ」

 そのとき、一同がざわざわし始めた。今まで皆、彼女の命名術に聞きほれていたので、これは初めてのことである。(寝たふりを続けている数学者と、ご機嫌斜めの物理学者と、さっきからうろうろあてどもなく彷徨っている心理学者を除いてだが)

 「ちょっと、それは長すぎるんじゃないですかねぇ」

 大臣が言った。

 「いいんじゃ、長くたって」

 「しかし長いと何かと不便ですよ」

 「いいんじゃったらいいんじゃ。もうそろそろ終わりかの」

 「いえ、まだです」

 事務官が言う。

 「それではあの、ところかまわずに泥んこになって転げまわったり、いつも籠の胴腹へ体を擦り付けたり、げたげた笑いながらむしゃむしゃ食べたり、むしゃむしゃ食べながらげたげた笑ったり、脂肉をブルンブルン言わせたり、雨を避けに水に潜ったり、冷たい鉄を鍛えてみたり、よしなしごとを夢見たり、良い子ちゃんぶってみたり、げろを吐いたり、お猿の読経とばかりにむにゃむにゃ言ったり、しかけた羊の話に戻ってみたり、獅子王の前で憂さ晴らしに犬を殴ったり、痒くもないところを掻いたり、骨折り損のくたびれ儲けをしたり、後は野となれ山となれと白パンをたべたり、蝉に蹄鉄を打ったり、自分で擽って笑ってみたり、台所へ勇気凛々突撃したり、ぼこたんぼこたんと逃げ出したり、鶏から驢馬へと話をすっとばしてみたり、狼に吠えられるお月様を庇ったり、無理を道理にしてみたり、ざんぎり頭でもつるつる坊主でもごっちゃにしてみたり、毎朝毎朝げろを吐いたりしている、ものの名前は」

 「うーん、そうじゃなぁ、『がるぱんた』でどうじゃろう」

 「え〜、『がるぱんた』ですか〜。少し簡単すぎやしませんか」

 「え〜い、さっきは長すぎると言い、今度は簡単すぎると言い、文句があるなら自分でつけてみやがれ」

 そのとき暇を持て余していた哲学者と社会学者が小声でそれぞれ、「せんぷりに」「クラムボン」と呟いたが、哲学者と社会学者の話など誰も聞いていなかったようだ。

 「あ、あの、あれは何でしょう、あの、飛行機みたいなものは」

 化学者が口を出した。

 「あれは、『げるぺそ』じゃ」

 占い師は、投げやりに言う。

 「『げるぺそ』はさっき使いましたよ」

 忘れないように今までのものをすべてメモしていた事務官が言う。

 「それに、あれはただの飛行機だぜ」

 その他大勢の中の一人も言う。

 会議場に、なんだか懐疑的な空気が流れる。みなが占い師のばあさんを白い目で見ている。その雰囲気を感じてか、彼女の額に汗が流れる。まだ水分が残っていたとは驚きである。

 「うっきょーーーーーーー!!!」

 緊張の糸が切れて、突然ばあさんが叫んだ。

 「『うっきょー』ですか?それはいったい何の名前ですか」

 事務官が尋ねるが、ばあさんは答えずに、その場に白目を向いて倒れてしまう。

 「し、死んでる」

 一応その場にいた医者がいった。

 「ふっ、名前をつけるという自らのレーゾンデートルが崩れ去ってしまったために、アイデンティティークライシスを迎えて、自我がゲシタルト崩壊してしまったのだよ」

 さっきの叫び声が効いたのか、それともようやく自分が口を出せる話題が出たからなのかはよくわからないが、さっきまで「ルーララ、ルララ」と歌っていた心理学者は突如キリリとしていった。だが、ほかの人間はそんな話はまったく聞かずに、占い師が死んだことで発生する問題について語り始めてしまった。心理学者はまた「ガガガ、ガガガ、ガオガイガー」と歌いながら、部屋を飛び出していってしまった。

 「どうすればいいんだ、ほかの占い師を呼んできてもいいから、とにかく名前をつけてくれ。早くしないと、またどんどん名前のついていないよくわからないものが増えていく。このままじゃ、不安で不安で死んでしまいそうだ」

 大臣が、泣きそうになって言った。

 また哲学者と社会学者が小声でそれぞれ、「ガヴァガイ」「イサド」と呟いたが、やはり誰も哲学者と社会学者の話など聞いていない。

 「しかし、彼女ほどの名付け師が、日本にまだいるのでしょうか」

 事務官が言う。

 そのときだった、群衆の中にまぎれていて、今まで誰もそんな人物がいるとは気づいていなかった言語学者が、一世一代の演説をぶち始めたのは。

 「みなさん、聞いてください。私にはとうとうわかりました。とうとうわかってしまったのです」

 言語学者は颯爽と、机の上に立つと、みなを見下ろして、そういい始めた。彼の足元には物理学者が、相変わらず文句を垂れていた。

 「わかったって、いったいなにが?」

 その場に居合わせた人々のほとんどが、いっせいにそう聞き返した。言語学者は、予定通りの質問に小躍りしてこう言った。

 「あの、よくわからない、大きなものの目的です」

 「目的だって?あれに目的があるっていうのかい?」

 「そうです。私の見たところ、あれは確かにはっきりした目的を持って動いています。それを後ろで操るものかが誰かはわからないにしろ」

 「それで、目的とは、いったい何?」

 「あれは皆さん、言語兵器とでも呼ぶべきものなのです」

 「言語兵器?」

 会議場に、なんだそりゃ、というざわめきが起こる。

 「そう、言語兵器です。あれは、われわれの言語を形成する音が結局のところ有限でしかないという点を突き、無限に異なる様相をわれわれに見せ付けることにより、言葉の数を足らなくさせてしまうのです。音が有限である以上、さまざまな言葉を作ろうと思えば、同音異義語を回避する必要上、どうしても単語が長くなってしまう。すると非常に不便になる。しかし短くすると同音異義語に今度は苦戦することになります。人間の思考は多かれ少なかれ言語によってなされています。その言語の根幹である単語が必要量作れないとなるとわれわれは現実に対処することができなくなり、ショック症状を起こしてしまうのです」

 全員はほぼ同時に、ほったらかしになっている老婆の死体のほうを見た。

 「こう考えると、『あれ』がどうしてよりによって日本の上空に現れたかもわかります。日本語は世界でも類を見ない音の貧弱な言語です。母音は五つしかありませんし、子音との組み合わせ方も子音-母音の一種類しかありません。辞書で『たいせい』とでも調べて御覧なさい。大量の同音異義語にめまいがするはずです。同音異義語の多さが音の貧弱さの証拠です。そのただでさえ貧弱な日本語がこれだけの新たなる事物に対して名前をつけようと思えば、無理が生ずるのも当たり前です。」

 「では、いったいどうすればよいのだ」

 大臣がそう発言した。

 「番号で呼べばいいじゃないですか。アルファベットと番号の組み合わせで」

 事務官も発言する。

 「われわれ専門家はそれでいいでしょう。しかし国民はどうでしょうか。あれだけの多様なものを分類するためにつけられた番号を覚えることは、大多数の人々には無理です。しかも、あれを一般大衆の目の届かないようにするのもまた無理です。そうすればまず、彼らがあまりに理解不能すぎる事態に対するショック症状を起こしてしまいます。いや、もう発生しているかもしれません、報告が来ていないだけで」

 「では、一体どうすればいいんだ」

 大臣が再び発言した。

 「日本語の音韻構造を改造すればいいんじゃないかな」

 誰かがそう発言する。しかし言語学者はにべも無く否定してしまう。

 「過去の事例を鑑みますと、言語を人工的に改変する試みはすべて失敗に終わっています」

 「では、一体どうすればいいんだと私は聞いているんだ」

 大臣が三度叫ぶ。すべての視線という視線が言語学者に集まる。数学者も物理学者も立ち上がって彼を見ている。彼は、ゆっくりとこういった。

 「私にもよくわかりません」

 「なんだそりゃーーーー!」

 大臣とうとう切れた!

 「手前ら学者供の無能さにはあきれて声も出ねえや」

 出てるじゃん。

 「もうお前らの手は借りない。こうなったら最後の手段だ」

 大臣は事務官のほうを見て言い放った。

 「すぐに閣議を招集してくれ。自衛隊とアメリカ軍の力を結集してあれを打ち落とす。下にいる住民をすぐに避難させておけ。なあに、ちょっとぐらい街が火の海になったって、前にもあったことだ、なんとかなるさ」

 「あっ、なるほど!」

 そろいもそろって科学者たちは叫んだ。

 「その手があったか、うっかりしていて気がつかなかった」

 と、いうわけで人類の未曾有の危機は避けられたのであった。

 

 この話の教訓

 人類は昔から理解できないものは、こうして排除してきたのである。みなさんも、もし、理解できない代物に出くわしたら、力で排除しましょうね。理解できないものを理解しようとするなんて徒労に終わるに決まっているのですから。

解説

とり・みきがほぼ同じような作品を描いていることにその後気づいて恥ずかしくなったので、javascriptで少し味付けしてごまかした。

「ゲシタルト崩壊」は本来こういう意味ではないが、「ゲシュタルト崩壊」という言葉を『うる星やつら』ではだいたいこういう意味で使っていたので、この場合はこれでよいのだ。多分。

「ゲシタルト」であるのは、『花と機械とゲシタルト』へのオマージュ、というのは多分嘘。

タグ

書庫に戻る