淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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There's more than one way to do it

最後尾札

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最後尾札

 皆さんは最後尾札を持っていますか? 最後尾札とは一体なにか、と思った方は別になんの問題はありません。持ったことくらいならあるけど、という方も大丈夫です。

 今現に持っている方に話しかけています。あなたの前には列が続いているはずですね。その列を決して見失わないようにしてください。

 最後尾札とはそもそも持っている人が列の最後尾であることを示す札です。長い列になると、途中で折れ曲がったり一時的に分断されたりで、どこが最後尾か分かりにくくなってしまいがちです。列に並んだと思っていたら、実は並んでいなかった、となればそれは悲劇以外の何ものでもありません。

 だからこそ、最後尾の人がしっかり最後尾札を受け継ぎ、それを自分より後ろに並んだ人へと受け渡していくことが必要なのです。

 もし、最後尾札を持った人が迷子になってしまったら列はどうなってしまうのでしょうか。人々はもうどこから列に並べばいいのか分からなくなり、すでに列に並んだ人も、自分が正しい列に並んでいるのか確信が持てなくなってしまいます。列は次第に野放図に伸び始め、枝分かれを繰り返しながらのたうち回り、首をいくら切っても二つに再生する人喰いの化け物となって、毒の息で大地を汚しながら人里を遅い始めてしまうのです。

 そこまでは皆が知っている悲しい物語。しかし、この物語には知られざる側面があります。

 迷子になった最後尾札を持った人は、どこへ行ってしまったのでしょうか。

 あれは霧の深い日でした。私は最後尾札をできる限り目立つように捧げ持ちながら、懸命に前の人の後ろについて行っていたつもりでした。

 しかし、あまりに霧が深かったので、前の人の背中までしか見えません。私はそれを列の前の人だと信じ込んでいたのです。

 さっきからずっと私が最後尾札を持っているのに、なぜ誰も私の後ろに並ばないのだろう。そう疑問に思い始めた頃、光が差し込み、俄かに霧が晴れ始めました。

 そこは見たこともない場所でした。建物から別の建物が生えたようにごちゃごちゃした街を人々が乱雑に歩き回っています。食べ物を売っている店の前には人だかりができ、我先に売り物を受け取ろうとしていますが、誰も並ぼうとはしていません。

 なぜ並ばないのか。並べばもっと円滑にことが進むはずなのに。そう思って見ていた私はとんでもないことに気づきました。

 彼らは皆、最後尾札を持っていたのです。そして最後尾札を持って、列に並ぶわけでもなく、てんでばらばらに歩き回っていたのです。

 そして、もう一つ、とんでもないことに気がつきました。

 私の前を歩いていた人、その人もまた、最後尾札を持っていたのです。

 ここはどこなんだ。私を列の一番後ろに返してくれ。私は身も世もなく泣き叫びながら、そう言いました。

 私の耳元へ誰かが囁きます。

 ここは自分の役割を全うできなかった列の最後尾だけが行く地獄の入り口。しかし、俺たちは地獄へ行くことすらままならない。なぜなら地獄へ向かうための列を作ることもできないからだ。いつしか地獄へもいけない列の最後尾がここにたまり、住み着き始め、街を作り始めた。どこかに俺たちの行くべき場所へと繋がる列の最後尾があると信じ続けてな。とりあえずここで生きていきな。慣れれば楽しいぜ。時々何を間違えたかふらりと迷い込む、「ここは列の最後尾ではありません」札を持った奴を全員で叩きのめすのが俺たちの一番の生きがいさ。

 そうして、私はここで生きています。もうどこかに辿り着くことを夢見ることも諦めました。人を押しのけて前へ進むことの甘美な快感を覚えてしまった今となっては、秩序の中に戻っていくこともできません。見つけた偽最後尾をいたぶることを当たり前に受け入れていることに気づいた時は、さすがに震え戦きました。しかし、だからといって今更生き方を変えるわけにはいかないのです。

 みなさんには、どうかこうなって欲しくない、と思います。だから、もし最後尾札を持った時は、絶対によそ見をせず、しっかり自分が並んでいる列を見張っていてください。

 人生とは、間違った列に並んでしまうくらい些細なことで、台無しになってしまうものなのです。

解説

オタクイベントを見ていてなんとなく思いついて1時間程度で書いた。

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