前田物産 中部営業所 第二営業部 部長代理
小島 博道
名刺を整理していたら、記憶にない名刺が混じっていた。
誰だったろう、この人。名前だけでなく所属する組織の名前も全く覚えがない。
一緒になっていた名刺を見るが、特になんの関連性も感じない。前後の名刺を交換したイベントはそれなりに記憶に残っているが、こんな人がいた覚えはない。
不思議に思いながら、雑に名刺ホルダーに入れた。
そして二度と思い出すことはなかった。
だから、自分以外にも、全く同じ経験をした人が何人もいたことを知るはずもなかった。
その人たちも、名刺の整理中に交換した覚えのないその名刺を発見し、一瞬怪訝に思うものの、深く考えもせずにしまってしまい、そして二度と思い出さなかったのだ。
その名刺の主である人物が本当に実在するのか、確かめたものは誰もいない。
しかし、名刺という前時代的な文化が滅びるまで、その幽霊のような名刺はどこかに紛れ込み続けるのだ。